先読みの狩人
亜人狩りの歴史は長い。
亜人に対して差別的な世間が生まれるより前から奴隷商売を生業にしていた組織もある。
亜人狩りに対する法は曖昧だ。
これまで国に咎められた亜人狩り組織は全て、その構成員が別件で罪を犯した時に投獄されている。
亜人狩りだけであれば投獄のリスクは現状、ないと言っても過言ではない。
故に道を外れた者が手を染める。
一欠片の道徳心を捨てるだけで仕事が手に入るのだ。
それにより亜人が減る一方で、亜人狩りは増え続ける。
組織は時間を重ねる度に頭数が増え、規模を拡大していく。
それ故、古い組織程規模が大きいのだ。
だが『ハルザト』はそうではなかった。
現時点で中規模組織と呼べるだけのハルザトは、設立からまだ2年しか経っていない。
薄暗い拠点の中、男は机に向かってひたすら筆を動かしていた。
ガリガリと音を立てる中、廊下から慌ただしく走ってくる部下の足音を聞き、筆を止める。
「……戦況報告は結構ですよ、次があると予測がついていたので観察に徹していました」
男の名はミラール。
彼は昔、友人の紹介を受けとある亜人狩り組織の下っ端として働いていた。
彼には犯罪の才能があった。
だがその組織で出世する事もなく、資金と人脈を集め、ボスに筋を通した上で脱退し、自分の組織を作り上げる。
かかった時間はわずか三年だった。
ミラールが組織を抜けた数ヶ月後、ボスが事件を起こし構成員全員が投獄される。
それはミラールの『予測』通りだった。
「ボス、奴ら『狙撃地点』にも兵を配置しています」
「やはり先手を打たれていました、獲物はわかりましたか?」
「はいそれぞれ順番に弓、投石、大砲です」
「投石……?ふむ……」
ミラールは部下と話しながら、片手で再びガリガリと文字を書く。
「あの弾幕です、恐らく一つの地点に三人は狙撃手がいると思われ、突破は難しいかと……」
「いえ、恐らくそれぞれに一人です。どちらにせよ突破が難しい事には賛同しますが」
怪訝そうな部下を見て、ミラールは立ち上がった。
「私の見解を聞いていただけますか?」
「は、はい……」
「彼らは20人にも満たない亜人のみで構成された少数精鋭、約7分後第二陣が到着するでしょう、彼らは少ない人材を撤退防止に最低でも三人割いている、消耗戦に持ち込むのは一見分が悪い様にみえますが……もっと数がいるのなら初陣で六人しか連れて来ない理由に説明がつかない」
「よほど持久力に自信があるか、回復の手段がある、ということですか?」
「あくまで予測です、私はあそこまで万全の亜人を見たことはないので、想定よりも強いと見るべきです」
ミラールは部下に、先程まで文字を書いていた紙を渡した。
「これをなるべく多くの者に配り内容を伝えてください」
「これは?」
「先程の6人の予測情報と、次に来る戦力の予測、そしてそれらに対応するマニュアルです。次は私が指揮を取ります」
その情報は、まるでノヤリスの全貌を知っているかのような精密さだった。
それぞれの団員の弱点とも言える部分が予測の範囲内で到達しうる極限までマニュアル化され、第二陣の戦力予測に関しては未来予知の領域だ。
ミラールは戦闘能力はまるでないが、自他ともに認める天才的な予測能力と勘の鋭さがあった。
そして、仮にそれが間違えていたとしても問題ない様な作戦で蓋をする堅実さも持ち合わせている彼は、あと数年もあれば『亜人狩りの王』となる逸材だろう。
だがそうはならなかった。
彼のマニュアルには一箇所、予測ミスがあった。
油断ではなく、慢心でもない。
『万全の亜人』。
『亜人の革命組織』。
それらのイレギュラーはミラールの思考においてノイズでしか無かった。
人生で初めて出会った予測不可能が、彼の完璧な予測にズレを生じさせた。
(あの木の人形……頭数の補い、退路の確保……間違いなく作戦の中核……指令を送る時の立ち振舞、そして撤退時に残した予告、あの言動……『あの狐の亜人が親玉か』)
ミラール唯一のミス。
それはノヤリスの団長はオリセであり、『木精兵』が作戦の肝であると勘違いした事だ。
マニュアルは限りなく完璧だった。
だがミラールは『木精兵』がノヤリスにとってもアクシデントであった事を知らず、想像もつかなかった。
些細なズレだった。
だがこの時点ですでに『前提』が崩れている事に、まだ誰も気がつくことができなかった。




