到着、バゲル
三国の一つ、ミスタル。
イーリス・リア・ミスタル女王の治めるこの国は、最も神秘に近いとされている。
他国と比べると自然豊かで魔術時代の名残も多く、数多の伝説や逸話、神話などの部隊となった土地が存在する。
しかしただ田舎という訳では無い。
ミスタル国民の特性として他より優れているのはその適応力だ。
他国から流れてきた情報や文明を取り入れ、吸収し、更に改良して他国に送り返す。
そうして作られたこの国は『現在一番バランスの取れた国』だと言われている。
そんなミスタルの交易都市、バゲル。
長距離移動機車の停車駅でもあるこの都市は数々の店が立ち並ぶ商売の街。
老舗の鍛冶屋から今をときめく服屋まで、あらゆる種類の看板が並ぶ光景は一見混沌として見える。
しかしその品揃えの良さこそがこの都市の売りなのだ。
『ご乗車、ありがとうございました。長距離移動機車は15時間後にハルミラ駅へと出発致します。』
駅にたどり着き、コルとパッケンは機車を降りて伸びをする。
二人はスタッフ達が慌ただしく積み荷車両の点検をしているのを見かけ、ボロが出る前に退散することにした。
露店で買った軽食を摘みつつ、街の出口付近までたどり着くと、パッケンがふと足を止めた。
「コル、俺と一緒に来ないか?」
「いいや、それはできない、なんだよ寂しいのか?」
コルが冗談混じりに断る、それを予想していたのだろう、パッケンはにやりと笑っていた。
「はっはっは!最後に一応聞いてみただけだぜ」
「これからどうするんだ?」
「予定通り仲間達と合流するさ、俺の予想だと……こっから北の海岸で待ってそうだな」
「予想って……」
「疑ってるな?俺は今まで仲間の場所予想を外した事は無いんだぜ」
地図を懐にしまい、パッケンは街の出口に向かって歩き出す。
「そいじゃ、ここいらでお別れだぜ、相棒」
「相棒はやめて、他にいるんだ」
「っと格好つかねえな、じゃあ兄弟……同士……?」
「普通に友人とかでいいでしょ」
「じゃあひとまずそれで、また会おうぜ、友人」
「ああ、またな、友人」
パッケンは背中を見せたまま、ひらひらと手を振り、コルの前から去っていった。
一人旅に戻ったコルは時間がまだ有り余っていることを確認し、予定通りお土産を買いに街を歩き回る事にした。
品揃えの良さが売りな街だけあって昼過ぎには一通り買い物が終わり、これから会いに行く叔父への手土産を買う余裕すらあった。
そして何事もなく機車に戻り、オリセのお土産とは別に、自分用に買った本を読んでいるうちに、機車は次の駅へと向かって進み始めた。
一人用の部屋が、とても広く静かに感じた。
その日の深夜。
ミスタル北の海岸にて。
パッケンは茂みを掻き分け砂浜に足を踏み入れる。
そこには大型の船が停泊しており、火を囲む柄の悪い集団がパッケンを見つめていた。
「……ただいま」
「……お……親分ーーっ!」
涙目でパッケンに飛びつく彼らはパッケンの仲間であり、予想通り北の海岸で待っていたのだ。
「次こそ駄目だと思いましたぁーっ!」
「そんな事言って!待っててくれたじゃねえか」
「ぐずっ……姉御が明日までに帰ってこなかったら出港だって言うから……」
「あっそうだ……姉御ー!親分帰ってきやしたぜーーっ!」
「ああん!?やっとか畜生!」
「悪いったなゴニー、今帰っ――」
姉御と呼ばれた女が船は飛び降り、そのままパッケンを蹴り飛ばす。
「ったく、どうせここに来ると思って先に来て正解だったよ!何回はぐれれば気が済むんだこのバカ船長!」
軽く数回叩いた後、ゴニーはパッケンを抱きしめる。
「はぁ……はぁ……ほんと心配させんじゃないよ……」
「ゴニー……」
「……すんすん……ん?すんすん……アタイらが心配してた間に良い酒飲んだなテメェーッ!!」
腰に回した腕をそのまま使ったバックドロップになすすべもなく、パッケンは頭から砂に突き刺さる。
パッケンの仲間達はそれを見て、安心したような表情で笑っていた。
「ぎゃはは!良かった!いつもの夫婦漫才だ!」
「誰が夫婦だゴラァ!……ほらいつまでそしてんだい、『嵐』の名が泣くよ」
「ぺっ……口に砂が、ぺっ……よし」
ようやく砂から頭を出したパッケンは大勢の仲間達の前に立ち、ジョッキ一杯に注がれた酒を飲み干し、ゴニーから渡された愛剣の切っ先を天に向けた。
「待たせたな!俺は帰ってきたぜ!」
「うおおお!!親分ーっ!」
「それじゃあ行くぞ野郎共!『ブレッツ海賊団』!出港だ!」
『嵐のパッケン』。
それがこの広い海でパッケンにかけられた異名。
多数の遺跡や海賊船から財宝を略奪、そして沈めて来た。
その形相はまさしく海の悪魔であり、生粋の『トレジャーハンター』。
コルはパッケンの正体を知ったとして、彼の友人であり続ける。
それはパッケンもまた同じ気持ちだったが、今はお互い、その事を知らない。
もし再び出会ったのなら、彼らは友人として共に並ぶことができるだろう。




