宴
時は昼過ぎ。
陽はすっかり昇り切り、機車の窓から部屋差し込む明かりが、寝起きのコルには眩しく見えた。
枕元で煩く鳴り続ける鈴を手に取る。
「ふぁい……」
『ほんとに無事だった……はぁ、よかった……』
「ラニか」
互いに、鈴の向こうから聞こえる相棒とは久しく会ってない気がしていた。
実際は別行動を始めてまだ一週間も経っていない。
ラニは一頻り無事を確認した後、次作戦についてコルに伝える事にした。
『――んで、今作戦会議が終わって準備中』
「そっか……気をつけてね」
『明日の朝出発で、長い作戦になりそうだから、しばらく連絡はできないわ、今のうちに話せるだけ話しときなさい、ラニったら、会議中もコルが気になってソワソワしてたんだから』
『してないぞ、あれは背中が痒かっただけだ』
コルは照れ隠しであると察しながら長話になりすぎない話題を考えた。
しかし寝起きの頭は気の利いた文章を弾き出してはくれない。
「話……あ、こっちは今日中にバゲルに着くんだ、半日だけ停まるから3人にお土産でも買おうかと思うんだけど、何か欲しいものとかある?」
『食える物』
即答したのはラニだけで、エミイとオリセからの返事が遅い。
『魔術石……?』
『……本……?』
唸り声の後に聞こえたのは地方色の出づらい、土産には適さない抽象的な物ばかりだった。
「食べ物は保存が利く物として……魔術石ってどこに売ってるんだ……?本……本ってお土産……?ま、まあいいや、買ってくるよ」
鈴の向こうは常に物音がしていたが、中でも存在感を放っていたチャシの声を鈴が拾ってきた。
『おうお前さんら!お喋りか!?ガハハ!そいつはいい!だが荷運びの手が止まってるぜ!』
『貴方こそお酒で片手が塞がってるじゃない!』
『そうだぞ!しっかりとおつまみまで食べて!1つ貰っていいか!?』
エミイとラニが後ろで意義を申し立てている間、オリセが気を利かせてくれた。
『……二人はチャシと格闘中』
「作戦前なのに?まあ元気そうで良かったけど……オリセはどう?元気?」
『……元気かと問われれば……平常だ』
「目の前にいればなんとなく表情でわかるけどね、オリセ通信中もあんまり喋らないから……便利だけど、直接話さないとわからない事もあるなあコレ」
『遠い未来の通信機は表情も遠くに伝える事ができるかも……しれない……』
「はは、それはいい」
『オリセー!ちょっと手貸してくれー!』
『……行ってくる、通信も切る……二人はまだ格闘中だが話は聞いている、何か……言い残した事はあるか……?』
オリセは落ち着いた声色で不穏な言い回しをする。
わざとではないのが妙に面白く コルは笑いを堪えながら返事をした。
「何度も言うけど安全第一気をつけて、後は……いや、帰ってから話すよ、顔を見ながらね」
通信を終え、なんの気なしに部屋の外に出る。
するとそこにはさも当然の様にパッケンが待っていた。
「……また盗み聞きしてたんじゃないだろうな」
「まさか、しようとしたら過去イチ嬉しそうな声色だったからそれ以上は聞いてないぜ?」
「そんなに嬉しそうだった?」
「そりゃもう、なんだい?本命の、『コレ』かい?」
パッケンはニヤニヤしながら小指を立てる。
古いジェスチャーで恋人の意だ。
「そんなんじゃないっての」
「ホントかよー?」
「ホントだ、それで何の用?まさか聞き耳立てる為だけに来たんじゃないよな?」
話題をすり替えつつ本題に入る。
パッケンはいつもと変わらぬ笑顔でコルの肩に腕を回した。
「旅の道連れは今日までだせ?俺達が友達である以上、別れの日にやることは1つだろ」
「お酒?」
「正解!」
コルはパッケンと出会った日、二人で酒を飲む約束をしていた事を思い出した。
物の数日前だがずっとそれどころではなく、記憶の片隅に寄せられていた為か、懐かしさすら感じる。
「変な感覚だなあ……で?こんな昼から酒場車両に?」
「いや、今日はレストランと酒場は夜かららしいぜ、いやあなんでだろうなあ、積み荷の片付けでもしてんのかなあー」
パッケンは白々しくとぼけながら部屋に入る。
コル達は昨日の夜にできた戦闘の痕跡を極力『車両の不備』で積み荷が崩れた様に偽装していた。
それが上手く行ったのか、慌ただしく動き回るスタッフは誰も車両を止める気配はなく、あくまで裏方の問題として客達に悟られない様にしていた。
「じゃあどこで飲むんだ?降りてから街でってのは時間が足りないと思うけど」
にやりと笑うパッケンの懐から、一本の酒瓶が取り出された。
「それ紅ワイン?」
それは車内の酒場で販売している酒の中で一番高い代物だ。
さらに、まるで手品のようにグラスが2つ、鮮やかな手付きで机に置かれた。
「昨晩ちょ〜っと頂いてきたんだ」
「泥棒……」
「俺達はスタッフと乗客全員の命を救ったヒーローだぜ?酒の一本くらい安いもんだろ」
「自分で言うと途端にカッコ悪いな」
「そうかい?じゃあもう誰にも言わねー」
二人は紅ワインの贅沢に注がれたグラスで乾杯する。
直後、パッケンは豪快にそれを飲み干した。
「っっかぁ!」
「あっもったいない!」
「んだとお?お前さんはちびちび飲みすぎだぜ」
「せっかくの高級酒なんだしゆっくり味わってだな……」
コルは元々、そこまで酒に強いわけではない。
だが高級酒である紅ワインはとても飲みやすい。
二人は程よく酔いながら、別れを惜しむ様に小さな宴会を開くのだった。




