ネアリールの掌
長距離移動機車の後ろから2両は実質、空の車両となっている。
機車が初めて稼働してからまだ一度も使われたことのない予備動力用の魔力結晶の様に大事な物から、レストラン車両で使われる香辛料のストック、食器やテーブルの予備など。
あらゆる物が入った大きな木箱が所狭しと置かれている。
当然ここに入るには先頭車両側のスタッフルーム同様、関係者のみが持つ鍵を使って扉を開けなければならない。
基本走行中に使われることのない倉庫車両は、背の高い箱で物陰が多く、かつ照明も基本的に消えている。
つまり『鍵のかかった扉』さえどうにかしてしまえば、これほど潜伏に適した場所もない。
そんな暗闇に呼吸する影がひとつ。
「もう少し……もう少しだ……」
乱れた金髪をフードにしまい込み、ギョロギョロとした目で暗闇を見つめる。
まとわりつくような禍々しい模様の刺青を腕につけた男。
彼の名はフォカル、魔術テロ組織『魔人会』の一員だ。
「この忌々しき鉄蛇の腹に入り込み今夜で三日目の夜……あと二日だ、あと二日でこの命を持って世界を正しく導く時が来る……」
1人ぶつぶつと呟く男は、魔人会の中でもそれなりに名のしれた魔術使いだった。
その為、近くから聞こえる異音に真っ先に気が付き、すぐさま独り言を中断し木箱の陰に身を隠した。
倉庫車両に一つしか無い窓、その内側についた鍵が静かな音を立てて開き、猛風がカーテンを揺らした。
「わっ……馬鹿馬鹿、早く入って閉めろ!もし荷物が倒れでもしたらバレちゃうだろ!」
二人の男が、窓から月明かりと共に入り込む。
「……よし、バレた雰囲気はないぜ、少なくともスタッフにはな」
「本命には?」
「そっちはバレてるぜ?ほら」
男の一人の指先がまっすぐフォカルに向いた。
「……貴様ら、何者だ……?」
数分前。
「今からでも別の方法考えない……!?」
「おいおいせっかく見つけた解決の糸口だぜ?」
「でもさぁ……!」
窓の外から声がする。
パッケンは窓から機車の屋根によじ登り、上からコルがついてくるのを待っているのだ。
「お前さんなあ、もう俺は雨でびしょびしょなんだぜ?」
「うっ……うう……わかったよ!」
パッケンの手助けを借りながら、コルも屋根によじ登る。
二人は雨風に晒されながら揺れる車両の後ろを目指した。
コルが姿勢を低くし、転げ落ちない様慎重に進んでいる間、パッケンはまるで整備された石畳を歩くような足取りで進んでいく。
「な、なんでそんなスタスタあるけんの!?」
「慣れだよ慣れ、それよりほら、あったぜ」
なんとかパッケンに追いつき、足元を見る。
「こんなに水を弾く屋根にデカいシミ、変だよなあ?」
「そして下は隠れる場所に最適な倉庫……やっぱり、このシミがあの男の通った後っていう予想はあってそうだ、理屈は……わかんないけど」
「魔術相手に理屈なんて考えるだけ無駄ってこったな、それじゃ、見せてもらおうかね、一晩かけて作った、ここに入る為の道具ってのを」
コルは頷き、震える濡れた手で懐から手袋を取り出し、身につけた。
そして落ちない様に窓枠に足をかけ、手袋をはめた右手をガラスの奥にある鍵に向けた。
「新作……『ネアリールの掌』」
コルが一晩で作り出した、『鍵のかかった空間に入る方法』。
それは鍵を外側から開けることだった。
シタ神話、洞窟の女神ネアリールの名をつけたこの手袋の機能は『磁力』。
鉄でできた窓の鍵が、揺れる様に動きかちゃりと開くのを見たパッケンは目の色を変えた。
「へぇ、いいなぁソレ、くれよ」
「確かにトレジャーハンター向きな道具かも……とにかく後でね!」
鍵の開いた窓を開けると、風が中に入り込み、日除けのカーテンがバタバタと音を立てる。
「わっ……馬鹿馬鹿――」
そして現在、魔人会の男と相見えた二人は男の放つ異質なオーラに対し、本能から警戒していた。
「……いや、貴様らそうか、私をつけていた二人か、だがそんな事はどうでもいい、私に与えられた名はフォカル、貴様、貴様の名が知りたい」
フォカルの不気味な目はコルを見つめていた。
「……コル」
「コル、おお、コル、あの鍵を外から開けたのは貴様だな、素晴らしい、あのような小さな鍵を、磁力操作か?素晴らしい術者と見える、無くすには惜しい命だ、この鉄蛇はまもなく息絶える、貴様はここで降りて魔人会を訪ねて貰いたい」
フォカルはまるで独り言を呟くようにコルに詰め寄る。
変わらず不気味なその目はコルを見ている様でも、どこか遠くを見ているようでもあった。
「おいおいお前さん、俺達はお前さんらがこの機車を爆破するのを止めに来たんだぜ?あといくら俺でも目の前で無視されるのは気に食わ――」
一瞬の出来事だった。
フォカルとコルの間に入ったパッケンが、一瞬で壁に叩きつけられたのだ。
「――ぁ……?」
不可解なことに、2つの木箱が壊れ、中から調理器具が顔を覗かせていたというのに、一切音がしなかった事だ。
「……廃棄物め、貴様には興味がない、さあコル、教えてくれ、貴様はどうやってあの小さな鍵を開けたのだ、私の知る磁力の魔術では小さき物は操れない、ああこれで私亡き後の魔人会も……」
「このっ……!」
それが攻撃だと認識した頃、その相手はコルの拳の届く範囲にいた為、当然殴りかかる。
見た目通りの無警戒だったのか、頬を全力で殴られたフォカルはよろめき後ろに下がる。
「さっきから訳わんないことばっか言いやがって!俺はお前を止めに来たんだ!魔人会には入らない!あと鍵を開けたのは魔術じゃなくて機構の力だ!覚えとけよ!」
後に気づく事だったが、コルは怒りの感情が急に湧き上がった時、特に友人が突然傷つけられた時、感情的になって言動が粗暴になる節があるのだ。
ただ、カッとなって拳をふるった事で父と喧嘩別れする事になった記憶がわずかにリミッターをかけ、今回の拳は敵の頬に薄い後を残す程度になっていた。
その分、殴った後の語気に怒りが滲み、思ったことがとどまること無く口から溢れ出していた。
「機構……?だと……?」
相手が反機械文明の魔術テロリストだということも忘れて。




