魔人会
ラニとバハメロが殴り合いをしている頃。
見るからに『なんとかするとは言ったものの』と言わんばかりの表情で頭を捻るコルに、パッケンは少しでも手がかりを与えようと話を始めた。
「一つ、噂を思い出したぜ」
「この際噂でもいいから情報が欲しいとこだ、どんな噂?」
壁を軽く、コンコンと叩く。
「こういう、こういう物が気に入らない連中がいるって話、連中の名前は『魔人会』、知ってるかい?」
コルは記憶を辿ったが、思い当たる節がないので首を横に振る。
「魔術を死ぬほど信じてる奴らで、昨今の機械文明が気に入らない、時代に取り残されたテロリストってとこだぜ」
「そんな人達なら、自爆テロだってやりかねない……ってこと?」
パッケンは深く頷いた。
「アイツがほんとに魔人会なら、見つけさえすればこっちのもんだぜ」
「でもかなりの魔術使いって言ってなかった?」
「自爆も辞さないテロリストとも言ったぜ?向こうは駅で機車で大事故を起こして機械文明は間違いだって摘発するつもりなんだろ。だとすると機車を止められて困るのは俺達と同じ、つまり……」
「見つけさえすれば、向こうは派手に戦えない……!」
「よぅし、よく聞けコル、俺の作戦はこうだ」
パッケンの作戦は簡単で、それでいて効果的な内容だった。
まず第一に張り込み。
レストランにせよ、無料のパンとスープのサービスを取りに来るにせよ、酒場にせよ。
それらは全て客室の後ろにある車両であるため、必ずそこを通る。
そこに二人で張り込み、不審な人物、もしくはパッケンが見たと言う人物を探す。
「食べ物持ち込んでる可能性は?」
「どうかね、少なくとも今日はレストランで食ってたぜ?そこで違和感を感じたのがコトの始まりだしな」
「……他に手がかりもないし、どっちかが見てる分には損はないか……」
「それにいくら大義名分があってもこれから自爆して死ぬんだぜ?どうせなら美味いもの食べて死にてえだろ?ここにはそれがあるんだから、まあ、来るだろ、俺なら行く」
「俺も行くな、自爆する気はないけど」
コルの部屋は客室のある車両のかなり後方。
つまりレストラン車両に近い位置だった為、扉を少し開ければ部屋の中からでも監視する事ができた。
結局、その日はレストラン車両が閉店するまで見張りを続けたが、不審な影を見つけることはできなかった。
「……おい、コル……気づいたかい」
「……ああ、これはさっそくミスったな」
丸一日扉の隙間から廊下を見続けた二人の体から異音が漏れ出す。
空洞から絞り出すようなその音は、二人の腹から聞こえていた。
「俺達が……飯食い忘れてたな……」
「……うん……」
「……寝ようぜ、明日朝開店と同時に食い行こう」
「……うん……」
空腹と眠気で思考が鈍っていた為、椅子に座ったまま器用に眠りにつくパッケンを追い出し自室に帰らせるのも忘れ、コルは眠りについた。
翌朝、予定通り開店と同時にレストラン車両に移り、朝のメニューを注文した。
大きな窓から差し込む朝日を受け、すっかり目が覚めた二人は料理を待ちながらも周囲に意識を向けていた。
「一応確認するけど、その怪しい奴ってのは男だったんだよな」
「顔は見えなかったけどな、体格的に男だと思うぜ、奴が規則正しい生活を送ってんなら昨日と同じ時間、つまりそろそろ来るはず……前は見失ったが今回はそうは行かねえぞっとな」
「テロリストの生活リズムが良いとは思わないけどなぁ……そういえば、その男は腕に妙な模様があったって言ったっけ、それもあの髑髏の陣?」
「ああいや……」
パッケンは懐から紙を取り出し、すらすらと腕の絵を書き、そこにまとわりつくような模様を書き足した。
「おお……絵がうまいのはちょっと意外かも」
「職業柄土地や目印を絵を残す事が多くてな!へっへっへ!」
そんな得意気な手がかりのお陰と言うべきか。
二人が朝食を食べ終える頃合いに、その男は現れた。
男に気取られぬよう、男の元に注文の料理が届くのを見てから部屋に戻り、部屋からレストラン車両の出入口を見張った。
すこしして、男がレストランから出てきた。
いかにも怪しいフードを被り、顔はよく見えない。
「二人で行くと気づかれる、俺が見てくる」
コルはそう言ってなるべく音を立てないように部屋を出て、男の背を追った。
時間は早朝、まだ目覚めていない乗客も多く、廊下には機車の起動音だけが静かに鳴る。
コルは車内の数少ない物陰を利用して気配を隠していると、男は周囲を見回し、壁に手を当てた。
「…………」
(詠唱?流石に聞こえないけど……間違いない、髑髏模様……!)
魔術使いのその男はそこから数回、床や壁に魔術陣を仕込んで歩いた。
(相手も目立てない、今から止めるか……?いや、相手は魔術使い、下手に動けば目立たずに仕留められるのはこっち……ここは部屋を突き止めてパッケンと一緒に……っ!)
物陰から飛び出し、辺りを見渡す。
考え込みながらも眼の中心に捉え尾行していたはずの男が、そこにいないのだ。
気づけばコルは客室車両の最前までたどり着いていた、ここから先はスタッフ用車両として裏から鍵がかけられている。
「……パッケンの言った通りだ、行き止まりで消えた……」
一応扉に手をかけ動かしてみるが、鍵はしっかりとかかっておりびくともしない。
念のため窓も見たが、閉まっている上に内側から鍵がかけられていた為ここから出たとは考えづらい。
(……クソッ……ひとまずパッケンに報告しよう)




