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亜人解放団ノヤリス  作者: 荒神哀鬼
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喧嘩

壁が崩れ、瓦礫が土煙を上げる。

それほどの威力で吹き飛んだのは砲弾でも爆発物でもない。

1人の亜人だ。

「っ……てぇ〜……本気で投げ飛ばしたな!」

頑丈な彼女に傷はない、赤い髪についた土を払いながら、力強く立ち上がった。

「本気で抵抗しようとするからである、ラニ、もう一度聞く、何処へいくつもりであるか」

「さっきも言ったろ!コルが危ないからコルの乗ってる乗り物を追いかけるんだ!今なら全力で走れば間に合う!だから通してくれ!」

バハメロは拠点の出入り口前に仁王立ちしたまま動かない。

その堂々たる姿勢は『通す気はない』という意思表明でもあった。

「今からだと吾輩でも不眠不休で走り続けて間に合うかどうか、というところである」

「可能性があるんだろ」

「言った通り不眠不休であるぞ、追いついても力にはなれぬ、そんな状態で人の多い都市になど行けば次はお前の身が危ういのである」

「……なんだよ、バハメロらしくない!『仲間』が危険なんだぞ!」

バハメロは実際、すぐに救援に向かいたい気持ちを堪え、理性的に団長としての判断をしていた。

しかし今のラニは冷静ではない。

感じたことのない焦燥感に煽られ続け、限界が来ていたのだ。

そんな彼女の取った行動は撤退でも逃走でもなく、拳を握り構えを取ることだった。


「大体なんで、コルを一人で行かせた」

「……費用の面等もあるが、コルが今乗っている長距離移動機車は目的地まで止まらぬ閉鎖空間である、その様な状況で連れの奴隷だと思われれば、どんな目に会うかわかぬ」

「クソッ、まただ!コルも言ってた!並んで歩くと奴隷に見えるって!」

「ラニ、落ち着け、いつも言っているだろう、だから我々が変えるのだ」

「それはそうだ!いつか変える!でもそのせいで今コルが危ない目にあってる!それなら……それなら私は、奴隷でもいいからコルの側に行く!」

前方に飛びかかる様に突き進み、拳を振りかぶる。

「血、肉、変化、硬質!『護鉄塊』ィ!」

ラニの肉体が硬質化し重さを纏ってなお、ラニの拳は勢いを止めない。

覚えたての魔術を使ってまでの全力の拳だった。

構えを取っていたラニから放たれる不意打ち気味の初撃を、バハメロは仁王立ちの状態から右手一つで受け止めた。


「……不愉快である……」

「あ!?」

「このままではまるで吾輩が悪のようである、まるで吾輩がコルの身を案じていないようである、ラニの気持ちを蔑ろにしているようである、そして何よりラニの発言に腹を立てていないかのようである、非常に、非常に――」

不思議なことに、ラニからは逆光が差しその表情が見えなかった。

「――不愉快である」

それでもラニは不思議と、掴まれた右の拳を引き抜き数歩下がって様子を見るほどの、恐怖に似た何かを感じた。

「ラニ、今のお前はコルを信用していないのである、『任せろ』と言って一人で旅立った男の任務が失敗すると思っているのである」

「ッ……違う!」

「違わぬ」

大地を踏みしめる様に、バハメロが一歩、ラニに詰め寄る。

「今のお前はコルがこの壁を超えられないと思っているのだ、吾輩がコルを信じたいのも、コルを信じろと命じるのも、間違いなく吾輩のエゴである」

表情は読めない。

バハメロは普段の快活さとは真逆に淡々と言葉を並べる。

ラニは護鉄塊の効果が切れた事も気にせず構えを解かなかった。

引くことも進む事もしないまま、一歩ずつ近づいてくるバハメロを見る以外、どうすればいいか解らなかった。

「だが、『奴隷でもいい』などふざけた言を言って、信用されなかった上に己を落としてまで助けに来たお前を見たコルがどう思うか、ラニが誰よりも一番知っているはずなのである」

「……っ、でも……でもよ!」

「焦るな、今は焦りに負けているだけである、コルは負けぬ、故にラニも打ち勝つべきである……まあつまり――」

バハメロはもう眼の前まで来ていた。

そして最後の一歩は重心を前足に載せた大幅の踏み込み。

そしておまけの様にその力の乗った左拳がラニの胴体に衝撃を与えた。

「がっ……」

「一旦落ち着くのである、今の拳の謝罪とお説教はその後!」



数歩後ろ向きによろめき、膝から崩れ落ちたラニを見て、ようやくエミイが到着する。

「団長!」

「エミイ、これはラニがだな……」

「はぁ……ナノンから聞いてるわ、全く音もなく飛び出して……」

エミイはラニを部屋に連れ帰るため引きずろうとした。

「ふっ……くっ……あの、部屋まで運ぶの手伝ってくれないかしら、というか落ち着かせるためとは言えここまでする必要があって?」

「うむ……少し加減を間違えたのである、吾輩も少し、驚いてな」

そう言ってバハメロが見せた右手は赤く腫れ上がり、脱力した状態のまま痙攣していた。

「突然魔術を使ってきたものでな、ラニは魔術が苦手なはずと見誤った……よく組手をするが故の盲点であるな、しっかり受け止めるべきであった」

エミイは自分が教えたという事を報告すべきか悩んだが、聞かれるまで答えない方針とした。

万が一自分にも教えて欲しいなどと言われたら面倒だからだ。



「吾輩もまだまだであるな」

片手でもラニを部屋に連れ戻す手伝いを果たすバハメロがそうつぶやいた。

「そんなに片手が痛む?」

「ひりひりするがもうそろそろ動かせる、吾輩が言いたいのはそうではない、内面の話である、コルの件、吾輩も冷静を装っていただけであった、団長の座に座っていなければラニと共に野を駆けたであろう、エミイを見習わなければな」

そう言いながら、改めて両手を使ってラニの体を支える。

これによって2人分の力は必要なくなった為、エミイはラニの体から離れた。

「私だって、少しは気にするわよ」

「初対面の時のエミイが聞いたら唾を吐きかけそうである」

「……そんな品のないことはしないけれど、言いたいことはわかるわ……」

エミイは言われて改めて、自分が丸くなっていたことに気が付く。

なんだかんだと言っても渡り月の中に居心地の良さを感じている上、森に住み着いた幽霊とは言え、友人と知り合い何度か会話を弾ませているのも心境的には大きいだろう。

(ええ、そうねそろそろ……聞かれたら、三人には答えてもいいのかもしれないわね、グラには……まあそのうちに)


自室に辿り着き、ベッドにラニを寝かせる。

待っている間に通信が来てもいいように待機していたオリセが怪訝そうな顔をしながらも首を横にふる。

エミイとバハメロはそれが『連絡は来ていない』という意味だと理解した。

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