長距離移動機車、発進
長距離移動機車は現在、魔力を動力として三国それぞれにある駅を周回している。
乗客は機車に乗る時、駅員の持つ結晶体に触れなければならない。
この結晶体が、客の魔力を実害のない程度に吸収し、それを次の運行に利用する。
制作者にしてノイミュの王、ライゼル・フォン・ノイミュ曰く、「こうすれば魔術を会得せずとも、生まれし頃に与えられた力を有益に使える。だがそれが原動力……つまり資源として活用できる発明はこれが最後だろう」と。
それが長距離移動機車の宣伝の為か、それとも王には既に魔力に変わる動力に目星がついているのか。
そんな国の将来などまるで思考にないパッケンは部屋に入ってすぐベッドに思い切り飛び込んだ。
「鍵付きの個室に程よいサイズのベッド!くう〜!普段寝てるベッドより柔けえや!」
「ここ、俺の部屋だしそれ俺のベッドなんだけど?自分の部屋行きなよ」
「あぁー?どうせ今俺ろくな荷物無いし、出発までまだ時間はあるぜ?それまで話でもしようぜ」
コルも話し相手が欲しくてパッケンを警備兵に突き出さなかった節がある為、何かしら話題を出そうとした。
しかしほんの数分前に出合った相手に話せる内容が浮かばない。
「……今日は天気がいいな……?」
「会話下手の常套句じゃねえか、あと今曇りだぜ」
「は、話が続けばいいんだよ!あと俺は曇り好きだし、そういうあんたは曇りは好きか?」
無理に話を繋げてみる。
パッケンは少し笑いながら窓から空を眺めた。
「職業柄よく船に乗るからな、一雨来そうなら嫌いだ、旅は晴天のほうが気分がいい、ちなみにこの曇りは嫌いじゃないぜ、すぐ晴れる」
まるでその予報を聞いたかのように晴れ間が指し、眩い日光が窓からパッケンを照らした。
「ヒュー!ほらな言ったろ?……ちょっと眩しすぎるな」
「トレジャーハンターって言ったっけ、要するに冒険家って事?」
パッケンはカーテンをおろしながら答えた。
「ふっ!まあそんなところよ、宝の噂があれば自慢の船でそこまで向かい!数々の罠を子分たちと乗り越え!時にその罠で遥か遠くにぶっ飛ばされ!時に嵐で海に流され!時に俺よりデカイ鳥に停泊中の沖とは正反対の方向にある巣までお待ち帰りされ有り金はたいてそこまで戻る羽目になり……思い出したらムカついてきたぜあの鳥……」
「冒険してるな……というか、そんなに何回もはぐれてよく仲間と合流できるね」
「へっ、子分達は俺がいねえと駄目だからよ、戻るまで絶対にそこから離れねえんだ、だから俺もとっとと顔見せてやんねえとな!」
ボロボロになっても、前向きに仲間の所へ戻ろうとするパッケンの姿に、コルは少しだけ心を開いた。
「ふふっ……いい関係だな」
「おっ、今ちょっと心開いた?」
あまりのニヤケ面に開いた心が閉じそうになる。
「早く自分の部屋戻れよ」
「急に真顔になるなよ怖えなぁ!まだお前さんの話聞いてねえぜ?」
「え、俺の?」
「たりめーよ、俺にだけ身の上話させて自分は内緒ってのも寂しいだろ?確か……親戚のとこに行くっつったか?」
何か誘導された気がしなくもないが、ここで隠し通すのも無理がある様に感じる。
コルはノヤリスの事を伏せた上で、話せる範囲で話すことにした。
「イプイプカンパニーって知ってる?」
「当然、今時俺の船にだってそこのネジが使われてるぜ」
「そこの社長、サナダ・イプ・ライトは何を隠そう、俺の叔父だ」
イプイプカンパニー。
ここ十数年で世界に流通し始めた機械、そのパーツの殆どが今やこの会社で製造されている。
これまで形も製造もバラバラだったパーツを一つの場所で管理する事により、より高度で精密な機構を組むことに成功した男。
サナダ・イプ・ライト。
彼はノイミュ王と並んで魔術文明を終わりへと導いた者と呼ばれる。
そしてその男はコルの母、マユラ・イプ・ライトの実の兄であった。
「ひゅぅ……マジかよ、じゃあお前さん結構お坊ちゃん?」
「まあ、生きる分には苦労しない暮らしはしてたと思うけど、今はちょっと……家出中?まあ家出って歳でも無いか、親父と見解の相違でね」
「ははーん、それでひとまず叔父のとこに転がり込もうって?」
「それだと俺が美味しい汁啜ろうとしてるみたいじゃん、それはそれ、別件だよ」
「……ふーん、コレ以上聞くのは野暮って問だわな」
これ以上は作戦の話になりかねない。
コルは話を1度ここで切り上げる事にした。
(まあ、美味しい汁啜ろうとしてるってのは間違いでもないか、『親戚の縁を利用してパーツを沢山譲ってもらおう』って作戦な訳だし、今のうちに叔父さんを納得させる理由考えとかないと)
「まもなく、発進いたします」
パッケンと雑談をしているとあっという間にその時は来た。
「長距離移動機車は、これよりミスタル領、交易都市バゲル駅へ発進します」
駅の外の高台から、鉄の蛇が動く所を一目見に来た観光客達が歓声をあげている。
機車の発進はこれが初ではないが、一度見たものを虜にしてしまう魅力とロマンがここにはあったのだ。
「ははっ、見ろよコル、ガキンチョが手振ってるぜ」
二人は目を輝かせる少年に手を振った。
ほんの少し揺れた後、窓から見える景色が動き出す。
それは徐々に加速し、馬車の速さを越えた辺りで安定した。
「早い早い、すげえや馬車より早えのに全然揺れないぜ!」
「へんな感じ、なんだか落ち着かないな……どうしてこれだけの機械なのに内側から機構が見えないんだ?一体どこにこれだけの物が組込まれて……」
「おい見ろよこれ、もう少ししたらレストランとか酒場がある車両が開放されるってよ、せっかくだから飲み行こうぜ」
パッケンの指差す方には案内図が壁にかけられており、その裏にはレストランのメニューも差し込まれていた。
「昼から飲む気?」
「馬鹿、酒は夜だ、俺が奢ってやるから、それはそうと昼飯も行こうぜ、こういうのは皆気になるモンだから、並んどかないと多分席無くなるぜ」




