ある亜人の回想『鼠』②
「君達は、今どういう状況かわかってるかな?」
「なんとなくはわかる……です」
ナノンはミクノがコレ以上怯えないよう、なるべく直接的な言葉を使わずに答える。
「フフ、慣れない言葉遣いしなくてもいいよ、紹介が遅れたね、ワタシはシーモ、隣のツンツンわんこがロナザメト君、向こうのおっきいのがチャシ君で小さいのがカロロ君、君達は……そっちがミクノくんで、キミは……ナノくん?」
「ナノン、っす」
シーモと名乗った青年は、やや俯いていた顔を上げて見せる。
彼の目には布が巻かれており、表情は読み取りづらいが、声色や動きから敵意が無いことがよく伝ってくる。
「ナノン君か、ミクノ君がキミをナノねえと呼んでいたから勘違いしてしまった、しかし姉妹の亜人なんて始めて見たよ、『濃い目』のチャシ君といい、ここでは珍しい亜人を集めてるのかな」
シーモが目線を向けた先には、長身の男、チャシがいた。
彼はその細身の体を、腕の代わりに生えたような翼で身を守る様に覆い隠した。
そして震える彼を宥める少女、カロロがシーモを冷たい目で見つめる。
「おっ……と、これはすまない、我ながらつまらない冗談だった、我々は見世物じゃないからね」
ナノンも自分以外の亜人をまじまじと見るのは初めてだった。
それが牢の中というのが残念で仕方なかったが。
泣き止み始めたミクノを撫で、恐る恐る質問を投げかけてみる事にした。
「シーモさん達はいつからここにいる……んすか」
「いつ?いつ……えーとロナザメトくんはいつから?」
「7ヶ月と3日、だからお前は7ヶ月と2日だ忘れんなボケ」
「……だってサ!ちなみにチャシ君とカロロ君は?」
「チッ、2ヶ月と9日と3ヶ月と4日」
「よく覚えてるねぇ」
「案外長いんすね……」
「まあ、亜人狩りの考えなんてよくわかんないけど、大方何人か纏めて『出した』方が都合がいいんじゃないかな、そうじゃないと7ヶ月も毎日一食くれたりしないからね」
それから約2月間、シーモの言った通り一日一食与えられて放置される日々が続いた。
たまに亜人狩りに少ない食事を投げつけられる事もあったが、妹さえ守れていればそれで良かった。
他の亜人達との会話も存外明るく楽しく、時に簡単な賭けをして遊んだりもした。
大きな角と翼を持つ悪魔の亜人、リンが牢に入ってきてからはあからさまにロナザメトの挙動がぎこちなくなり、牢に捕らわれていることが嘘の様に明るい日々を過ごした。
そこから数週間。
リンが『決めた、私はこれからどんな場所に売られても一生懸命働くわ〜』と緩い雰囲気で真剣に覚悟を決めた頃だった。
黒く長い髪をなびかせ、立ちはだかる物全てを砕く、美しくも勇ましい、若き龍が現れたのは。
「……ひぃふぅみぃ……うむ、遅くなったな!もう大丈夫!吾輩はバハメロ・フラオリム、お前達を開放しにきた!」
それが、彼女と彼らの出会い。
そして、『ノヤリス』の始まりだった。




