白い町と白い息と黒い女
白い町。
風、座る床、もたれる壁、全てが冷たい。
ルヘランと呼ばれるこの町は不思議なことに、常に雪が降り続ける。
さらに不思議、ここは町の外側ほど寒く、捨てられた建物とつららが並び、冷え切った暗い雰囲気を醸し出している。
だが町の中心に赴けば、明るく活気に溢れ、長い歴史を誇る氷魚料理『焼きサムムン』が評判の素敵な町。
コルとラニがムラフの町を飛び出して約半年、二人はそんなルヘランの素敵な部分とは真逆の、町の隅のにある捨てられた廃倉庫の、さらに隅で白い息を吐いていた。
「ラニ、夜ご飯買ってきた、今日はなんと焼きサムムンシリーズの辛いやつだぞう……今日もここにつくまでに凍っちゃったけど……」
倉庫になるべく冷たい空気が入らないように急いで扉を閉める。
「さみ……」
小さな焚き火の奥で、顔まで毛布に包まったラニがもぞもぞと動く、出てくる気配がない。
コルは急いで火の上に鉄板をのせ、外の空気で凍った焼き魚を解凍する、溶けた水で少しぐしゃぐしゃになるが、氷をかじるよりはマシだ。
香りに釣られたラニがようやく毛布から頭を出して近づいてくる。
炎に照らされる赤い角を見つめながら、小さくため息をつく。
コルは後悔していた、彼女と一緒にいることをではない、彼女をここに連れてきた事をだ。
ラニは長い移動には慣れているだろうが、人気のある場所も通らなければ、となると話は変わってくる。
道中ラニに向けられる目線は酷く痛々しいもので、
枷を落としたのか?と言われたのが三度、子供に石を投げられたのが二度、肩でぶつかられたのが四度(当然ラニの体幹には勝てないのだが)。
全ての純人が亜人を隷属させようとしている訳ではないが、それでも少なからず下に見ているのがほとんどなのだと実感していた。
適当に目的地をルヘランだと決めたがもっと冷静に考えれば他に逃げ場としていい場所があったはずなのに、と考えずにはいられない。
その道中でラニは一度も弱音を吐かなかったが、コルは罪悪感で色々吐きそうになる。
「なあ、魚焦げるぞ」
「ん?危なっ!」
考え込んでいる間にすっかり氷が溶けていたようだ、鉄板を急いで火から離す。
脳内反省会の議題が増えるところだった。
焦げがないかを確認し顔を上げると、ラニが心配そうな顔をしていた。
「最近元気ないな、今日は特にだ、だから飯は半分づつだって言ったんだ、7対3じゃお前の腹が膨れないだろ?」
「お腹空いてるわけじゃないけど……それより明日ここを出ようと思うんだ」
7対3は戒めの意味もあったため話をそらしてはぐらかす、間違えて真っ直ぐ本題に入ってしまったが。
「ここはあまりにも生きづらい、寒いし、それに噂では亜人狩りの拠点も近くにあるみたいで、安全とも言い切れない、辛い思いさせてまで来たのに……家の時といいうまくいかないな……すまん……」
ラニが毛布に包まったまま隣に座る。
「お前の気持ちはもうちゃんと分かってる、ありがとう、別に思ったよりは辛くはなかったぞ、お前が味方でいてくれたからな、私は大丈夫だ」
優しく微笑んだ後、気恥ずかしい事を言った事に気がついたのかお互いに咳払いをして顔の熱を飛ばす。
「ま、まあここを出るのは賛成だな、雪だらけで狩りもできない、あと寒いしな、さあそうと決まれば飯食って寝るぞ、今日はお前が沢山食べろ、腹が減ると力が出ないからな、明日に備えろ!」
ラニは急ぎ焼きサムムン(辛口)を2対8に取り分け、8の方をコルに差し出した。
「じゃあ貰うよ……なあこれはもう返さないけどさ、これだとラニの方が明日力でないんじゃないかな」
少し意地悪な質問に対し、考えてなかったと言わんばかりの顔。
「……明日は朝飯食べてから行こ?な?最後の日くらいいいだろ?」
食事を終えて眠りにつく。
(眠いのに寝れん……腹が減っているからか……2対8はかっこつけ過ぎたな……)
瓦礫で作った仕切りの向こうからコルの寝息が聞こえるが、ラニは眠れず、外の空気を吸いに倉庫を出た。
雪がしんしんと降る、いつも通り寒い夜。
今日はやけに静かな夜で、雲の切れ間から満月が見えていた。
「綺麗だな……」
倉庫の扉を閉めるのも忘れて月を見ていた。
(寝れないのはワクワクしているからか……ワクワク……あいつと合うまで知らなかった気持ちだな、フフ)
胸の奥が温かくなるような気がした。
空気に反して少しずつ体が温かくなり眠気がやってくる。
(明日が楽しみだな……)
欠伸をし倉庫に帰ろうとしたその時。
パリッと体を抜けるような音がする、同時に手足が痺れ意識が薄れるのを感じた。
「……あ?」
最後にラニが見たのは麻袋を持った厚手のコートを着た女が指からパチパチと光を放つ姿だった。
ラニにはそれが何かが一瞬で理解できた。
「ああほんと……空腹と睡魔は……敵……だな……」