北東に女王在り
一方その頃。
大陸の北東を納める国、ミスタル。
その頂点である女王、イーリス・リア・ミスタル。
長い髪に肌、そして瞳までもが白く輝く彼女は今日も、書類に囲まれ国中の問題への対処を考えていた。
「失礼します、イーリス様、『例の噂』について書類をお持ちしました」
女王は筆を止めること無く、極力目を合わせる様にしながら、書類を持ってきた配下に声をかけた。
「今手が離せないので、そのまま読み上げてください」
これはいつものことなので、配下も動じず、指示通り手元の書類について読み上げる。
「はっ、これは先日投獄したひったくりの証言です、男は数日前までレマンの領土で活動していた亜人狩り組織の一員で、組織が壊滅した事で当てもなく彷徨い、我が国についてから無くなった手持ちを補うために民から荷物を奪おうとした、とのことです」
「よりによってレマンからですか……向こうも王位の件で多忙でしょう、こちらで内密に対処します、続けてください」
配下は処理の下に文字を書き足し、次の処理をめくる。
「男は組織の名をカトリスと呼称し、組織壊滅の理由はある集団からの襲撃だと……」
「それが、『例の噂』ですか?」
イーリスは書類の処理を終え、女王に相応しい高価な筆を置き、改めて配下に目を向けた。
「……手が空いたので、残りは自分で読みます、ご苦労様でした、下がってください」
「はっ」
配下が部屋を出たのを確認し、椅子に深く腰掛け、受け取った書類を見ながら、カップに注がれたお茶を一口飲む。
「……やはり真実だったのですね、何故これまで噂の一つも流れなかったんでしょう……穏健派のライゼル王はともかくスーラ王に知られる前に動かなくては……」
イーリスは自らの足で騎士団宿舎に赴き、騎士団長であるリラーテを呼び出した。
「女王様直々に命令をいただけると聞いて!」
「頭を上げてください、それと機密事項なので声を落としてください」
「……はい!」
同じ女性でありながらイーリスの倍近く大きな体躯をしているリラーテは、抑えてもそれなりの声量があった。
「……こほん、では本題なのですが、少数精鋭の部隊を編成し、レマン領で秘密裏に捜索して欲しい物があります」
「ええっ!お言葉ですが女王!レマン領で勝手に探しものをするのは少々問題があるのでは!」
「故に極秘で勧めてください、レマンは今先代の王が亡くなり、第一王子の即位で慌ただしく、今が好機なのです。彼の国より先にそれを見つけ、先に手を組む事が、我が国の繁栄に繋がると、私はそう考えています」
イーリスにはリラーテに伝えない打算があった、しかし、嘘は一つも言っていない。
他の領土に侵入してでも、『それ』を見つける事が、最終的に自国の、ひいては世界の為であると確信していた。
「手を組む……?その探しものっていうのは一体なんですか?」
「……それは最低でも20人程の組織で、全て亜人で構成されています、そしてレマンの地に存在する亜人狩り組織をいくつか壊滅させています」
「そんな、亜人がですか!?」
リラーテは驚きのあまり、大声を出した事に気が付き、口を手で抑える。
「……亜人狩りを亜人が倒すなんて、聞いたこともありません」
「急に浮上してきたので不透明な部分は多いですが、『亜人が非力である』という認識は間違っていたと考えてください、故に、彼らの戦略的価値をレマンに知られては我が国は遠からず滅びます、その前に彼らとの利害を証明し、彼らと協力関係を結ぼうと考えています」
「亜人が女王様と!?なりませんそのような……」
「……リラーテ騎士団長、今一つの時代が終わろうとしているのですよ、ミスタルはそういった移り変わりに柔軟に対応して発展した国です、この国はこれから、これまでグレーだった亜人奴隷に関する法の改訂を進め、最終的には亜人の亡命国となるようにしていきます、異論はありますか?」
「……いいえ、女王様がそういうのなら、私も従います!仰せのままに!」
「……私も、見て見ぬふりをし続けた事を、彼らに謝らなくてはなりません、なので彼らを探してください、情報提供者曰く、彼らの組織名は恐らく……ノヤリス、『亜人開放団、ノヤリス』」




