『我々』は
ノヤリスの拠点は動揺に包まれていた。
ロナザメトは掲示板に状況説明の文を張り出した。
具体的に殺しがあったことは濁しつつ真実を書いたその張り紙は、不安を煽ると同時に、団員達に己の在り方を考えさせた。
そしてそれぞれが今すぐどうにかすることができないと悟り、団長であるバハメロの方針を待つことにした。
それから2日後の早朝。
まだ日も登り切っていない程早い時間に、ロナザメトは誰も寄り付かない地下牢に足を運んだ。
彼は内側から鍵のかかった牢の前に立ち、深呼吸をしてから声を絞り出した。
「……団長、出てきてください」
「……ぁ……」
暗い檻から聞こえるのは弱々しいバハメロの声だった。
「ヤカさんは昨日刑を終えました、あの彼女ですら丸1日で見たことないほどの消耗です、いくら団長でもこれ以上は……」
バハメロは既に精気の無い目をしていた。
目元は腫れ、耐えるため噛み締めた服の襟が既に噛みちぎられてボロボロになる。
彼女達に取って地下牢というのはそれほどのストレスだった。
故に最悪レベルの罰なのだが、それでも手元の鍵を使って内側から鍵を開けなかったのは、バハメロ自身の責任感と自戒からくるものだった。
「……そうか……後で一言かけてやらないと……」
「……自分が長であることを忘れてはいませんか」
「忘れてなどおらん……だが……そうだな、…ここで自分を見つめ直すと思うのだ……やはり吾輩の理想は――」
「団長!」
遮るようにロナザメトが声を張り上げる。
「その理想はもう団長だけのものではありません、それは『我々』で決めることです、そして団長、以前も言いましたが、私は団長の座に座る気はありません、なのでどうか出てきてください、緊急事態なのです」
「……緊急、事態……」
「はい、既に団長以外の創設団員7名……いえ、『6名』が集まっています」
「6……ろく……?」
バハメロはよろめきながら立ち上がり、鉄格子にしがみつく。
「誰が……」
「……ひとまず鍵を開けてください、肩を貸します……ですがすみません、もう少し、辛い思いをさせてしまうかもしれません」
バハメロはそのままフラフラと鍵を拾い、外へ出てロナザメトと団長室へ向かった。
階段で2回程度転びそうになりながら、団長室の前まで辿り着く。
すると扉の前で待っていた赤毛の亜人が不安そうな表情で駆け寄ってきた
「バハメロちゃん、大丈夫……?無理しないで……」
「リン、扉を開けてくれ……」
「……わかったわ」
リンが扉を開け、ロナザメトに肩を借りたバハメロが団長室を見渡す。
そこには暗い顔をした亜人達が4人、落ち着きのない様子で待っていた。
ロナザメトが集めたのはノヤリスの創設メンバー、それはバハメロを含め8人。
今部屋に入ってきたバハメロ、ロナザメト、リンと合わせても、団長室に集まっているのは7人だった。
居心地悪そうに部屋を歩き回るチャシ、一枚の紙を眺め続けるカロロ、そしてソファーに座って手を握り合うナノンとミクノ。
「……ロナザメト、シーモはどこだ?」
「はい、緊急事態とは彼についてです、彼は先日我々が拠点に到着した時、先に帰って来ていました」
ロナザメトはバハメロを椅子に座らせ、カロロから眺めていた一枚の紙を受け取る。
「彼はしばらく失踪していた理由を『迷子になった』などとふざけた事を言っていましたが、それについて話している場合では無くなりました……今の団長にこれを見せるのは酷かと思ったのですが、我々だけではどうにも……」
バハメロは差し出された紙に書かれた文を読む。
それは手紙だった。
失踪前の置き手紙と同じ筆跡だった為、最初の一文字からシーモの書いたものだと分かる。
手紙は失踪の謝罪から始まり、彼らしい冗談と思い出話を少ししたあと、彼が今まで行ってきた『開放作戦の後処理』についての告白が綴られていた。
そしてカトリス襲撃作戦に間に合わず後処理が失敗したことも。
あとはそれについて謝罪、そして後悔。
団員達の心情に反することを行い続けた事への罪悪感から、しばらく単独行動をするという事。
そしてその事後報告についての謝罪。
それらが彼らしい掴み所のない文面で一枚の紙に綴られていた。
全てを読み終えた後、バハメロは唇を噛み締め、涙を流した。
そして血が滲むほど握りしめた拳で机を砕いた。
「シーモさん……ボク達がシーモを心配して取り急ぎ作戦を結構した事にも罪悪感を感じてたみたいですね……」
「あァ……あいつはワシらが思ってるより繊細だったんだな……それに今までずっと一人で……ワシらの誰にも気づかれずにそんなことをなぁ……」
「今まで我々が目をつけられなかった理由がこんなところに……だとするとこれからは……」
「……吾輩が……」
「バハメロちゃん……?」
「やっぱり吾輩が甘かったんだ……!」
バハメロはそのまま、椅子の上で泣き崩れる。
「拠点を壊して……亜人を開放して……ちょっと懲らしめれば亜人狩り達も足を洗うと思っていたんだ!今まで吾輩達が公に、ならなかったからそうだと、『今回もそうなったのだ』と思い込んでいた……っ!」
全員、泣き言を言うバハメロを見るのは初めてだった。
あまりに想像のつかなかった光景なだけに、全員どう声をかけていいかが分からない。
「やはり、やはり吾輩は、ただの理想主義者だったのだ……都合のいい時だけ目を瞑り、皆を引っ張っていくつもりが……ただいたずらに振り回しただけだったのかもしれない……」
啜り泣く音だけが団長室に響く。
つられてミクノが泣き出しそうになった頃、隣に座っていたナノンがようやく声を出した。
「馬鹿っす……団長もシーモさんも……!大馬鹿っす……!」
「お……おい、良くない、その言い方は良くないんじゃ……」
「チャシさんは黙ってて欲しいっす!」
ナノンは立ち上がり、バラバラになった机の破片の上を歩き、座り込むバハメロの前に立つ。
「団長、これからどうしたいんすか」
「どうって……」
「例え団長の理想が幻想だったとして、諦めるか、それとも幻想を追い求めるかって聞いてるんす」
「吾輩は……団員達と約束したから……吾輩は最後まで責任を持って皆を理想の世界まで連れていかなければならない……しかし理想の世界など既に……」
「違う、違うっす」
ナノンは木片の上にしゃがみ、バハメロと目線を合わせる。
「団長が引っ張ってくれなくても、私達は団長に付いていくっす、だから団長、いえ、『バハメロさん』はこれからどうしたいっすか?」
「吾輩は……」
収まり始めた涙が、再び溢れ出す。
「吾輩は……諦めたく、ない……亜人が、団員達が、そして未来の亜人達が、っ皆が幸せになれる世界にしたい……!だがどうすればいい!」
バハメロの慟哭に対し、ナノンは微笑みで返す。
「やっと聞いてくれたっすね、そうです、こういうのも恥ずかしいっすけど、『我々』は仲間なんすから、団長もシーモさんも、大事な事はちゃんと相談してほしいっす」
「ああ、そうだな……ああ、それはいい!とりあえず、そんなとこにいたら危ないぜ!」
チャシはかつて机だった物を纏めて持ち上げ、部屋の隅に片付ける。
「そうですね、団長、立てますか……?」
「ん……ナノねえもたって」
カロロとミクノの手を借り、バハメロは立ち上がる。
リンはどこからともなく取り出した箒で、すぐさま床の破片を綺麗に掃除した。
「……コホン、そういうことです、団長、これからについて、皆で話し合いましょう、我々の理想を叶えるために」
「ロナザメト……本当にいいのか……叶わないかもしれないのだぞ?」
「……僕に策があります、簡単なことでは無いので時間はかかります、ですが極端な近道でもある……戦闘員の負傷は避けられないでしょう、ですがうまく行けば非戦闘員の安全と、我々全体のの物資供給等の安定化、そして最終的にはシーモの捜索にも繋がる可能性も」
「……その策とは?」
「後ろ盾、我々の存在が明かされた事を、逆に利用します、その為にもまず――」




