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亜人解放団ノヤリス  作者: 荒神哀鬼
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揺らめくことのない炎

遠くから、機関銃の音が聞こえる。


バハメロのいる通路は、揺動班のいる門からはかなり離れた位置にあったが、機関銃の大きな射撃音は建物を反響し、静かな廊下にも鳴り響いた。


「チッ……外がうるせえな、だが相手に見合った武器を、俺の許可なしに持ち出せるやつがいたとはなあ、生きてたらそれなりの待遇をしてやらねえと、なあ?」

ラッパーは全身に穴を作り血を流すバハメロを見てなお、姿を表すことなく問いかける。

「……」

バハメロは口から血を流すだけで、それに答えない。

「ふん、見え透いた嘘をつくな、死にかけの獲物って言うのはもっと死にものぐるいで暴れるものだ、油断して近づくとでも思ったか?」

「…………小細工というのは、やはり難しいものである……ぺっ!」

奇襲を諦めて口に溜まった血を声のする方へ吐き出す。

それもまたラッパーに当たることは無くただ壁に血が垂れるだけだった。

「ふむ、血の一滴でもつけば見つけやすくなると思ったのだがな、足音すら聞こえんとは、貴様幽霊にでもなっているのか?吾輩、魔術についてはさっぱりである!」

バハメロはさらに前へ足を踏み出す。

眼の前で追加される罠を全て踏み抜き、砕く。

ラッパーとの戦いとも言えないほど一方的な攻撃が始まってから、バハメロはただそれだけを続けていた。

時々足が止まるも、膝をつくことはなく、ただ奥の部屋への扉を見据えて、前へ進む。



亜人狩り組織カトリス、その長たるラッパーはかつて、獣を狩る事に生涯をかける一族の末裔だった。

生物の認識と死角を理解し、たとえ足元にいても見つからないほどに気配を隠す技術はその時身につけた。

一族を抜け出し亜人狩りを始めてからも、その技術と罠の扱いで、短い時間で組織のボスまで登りつめた。

故にラッパーには『恐れ』が無かった。

今まで憔悴した亜人を、絶対に見つからない技を用いて、一方的に捕らえてきたからだ。


しかし、今回ばかりはそうはいかなかった。

いくらなんでも、罠に対して怯むことなく突き進む獲物など見たことがなかった。

(なんだ……?なんだこいつは、ホントに亜人か? 罠を張りながら後退しつづけて扉まではもう半分……)

バハメロの眼に、曇りはない。

焦りが『恐れ』に変わる。

(……チッ、ああクソっ!やむを得ん、捕獲のために手を抜いて全部持ってかれたら商売上がったりだ!)

バハメロに聞こえないよう、小さな声で罠魔術を唱え、設置を完了する。

「口に貯まる血が流石に不快である、妙に口数も手数も減った様に見えるが、何かこの先に大きな物を仕掛けたな?」

先程まで饒舌だったラッパーからの返事はない。

「……ふむ、捕獲を諦め吾輩を殺そうと決めた、か?どちらにせよ、吾輩は進むだけであ――」

バハメロが再度歩みを進める。

そしてこの建物に入って幾度となく見た魔術罠がその中でも一際大きく、そして一際赤い光を放つ。

詠唱は『火、罠、設置、爆発』

獲物を爆殺することに長けた、高火力の爆炎罠だ。

壁が吹き飛び、森からの風が黒煙を舞い上がらせる。

その煙の中に、バハメロは立っていた。

それでもなお信念を秘めたバハメロの視線に、ラッパーは一瞬だけ怯んでしまった。

「……っこの、人の形もできない畜生風情が……っ!」

得意の魔術罠を床一面に設置する。

ラッパーはもはや建物が倒壊する事も、『商品』のことも考えていない。

ただ心底にある恐怖を否定するために、眼前の怪物を自分の為せる一番の火力をもって殺そうとしていた。

そうしている間にも、バハメロは一歩づつ近づいてくる。

「残念ならがら、吾輩を火で殺そうとしたのは、失敗である、吾輩、魔術の理屈はわからぬが、感覚で扱える物が少しあるのだ」

連鎖する爆炎はバハメロを襲うようにも、纏わりつく様にも、またじゃれつくようにも見える。

「火、熱、焔、豪炎……火炎の手、紅蓮の足、炎熱の斧――」

その時点で、ラッパーは恐怖を自覚した。

そして同時に死を悟る。

魔術を齧るものとして、その詠唱の先に自分の知る最大火力を大きく上回る炎の魔術が約束されていたからだ。

その恐怖は詠唱をつづけながら、一歩、一歩と歩み寄る。

「――その肉を薪に、骨が炭になれど、炎は鎖を断つ……『喰らえ、炎龍!』」

炎が、バハメロに寄り添う。

罠から放たれた炎が、全てバハメロの『武装』としてその腕に集まるところを、ラッパーは見ていることしかできなかった。

「お前……ホントに……なんなんだよ……!」

「安心せよ、吾輩、火の扱いは得意である!」

バハメロの腕に纏わりつく、『揺らめくことのない炎』。

そこから繰り出される攻撃は、魔術とは大きくかけ離れた、凄まじい熱量の鉄拳であった。

生き物に死を覚悟させるは充分過ぎるほどに。


「うむ、我ながら完璧な調整である!」

しかし鉄拳は顔前で止められ、ラッパーはその多大な熱に怯え気を失っていた。

「当たるギリギリまで熱々だったから、気を失うのも無理はないのである、ちょっと鼻先を火傷させたのはまあ、仕方あるまい……本当はもっと炙ってやりたいところだが……今はここまでである、お前を正しく罰せる世の為にもな……頼むから、これで懲りるのだぞ……」

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