撤退再度
鈴の通信が繋がり、エミイは短い時間を使って茂みの中で作戦を考えた。
「――と、こんな作戦でどうかしら」
『それが良いな、シンプルでワシ好みだ!』
「……言っておくけど時間があればもっと丁寧に動きたいのよ?」
『あればだろ、今はないからな』
「はぁ……ラニ、ほとんど貴女頼りってわかってる?」
『ああ、任せな……作戦名は?』
「そんなものないわよ」
一人の亜人狩りが、息を呑む。
彼は汗ばんだ手で機関銃のハンドルを握りしめ、獲物が指一本でも出したところを狙い撃とうと、目を凝らして薄暗い茂みを見つめている。
「おいお前……それを使わなきゃならないのはもうわかったけど、ボスに許可は取ったのか?弾の仕入れ値が馬鹿にならないって聞いたぞ」
同僚の震える声での問いかけに、男もまた震える声で答えた。
「あ……ああ、さっき撃った分でもうボーナスは帳消しさ、だからこれ以上使うと俺のクビが弾丸代にされかねない」
「……悪いけど、その機関銃だけが頼りなんだよ、俺もボスに掛け合ってやるからさあ……何が何でもあいつらを仕留めてくれよお」
「や、やってやる、やってやるよ!」
そんな男達の悲願にも似た決意を感じ取ったかのように、茂みから物陰が飛び出した。
エミイだ。
「……!女だ、ずっと後ろにいた金髪の女!」
「あいつもバケモノに違いねえよ!」
「血、肉、変化、硬質、――」
すぐさま機関銃のハンドルを回し、連射をはじめた。
「『護鉄塊』!」
弾丸の群れがエミイに噛みつくよりも早く、エミイは詠唱を完了させた。
それは文字通り、護身のための魔術で全身を硬質化させるものだった。
関節も硬質化するため腕を盾にする様な姿勢を崩せない上、持続時間と魔力の消耗と比べ詠唱も長く、更には魔術攻撃には無力、と欠点の多い魔術だが、その硬度は物理的な攻撃をほぼ全て無効化できるほどだった。
ましてや今のエミイより硬度の低い弾丸などが貫けるものではない。
鉄と鉄がぶつかって弾ける音が響くだけだ。
「ああ、うるっさいわね!そんなにもたないって言ってるでしょうオリセ!早くしなさい!」
「……ああ、もう『投げた』」
エミイが銃撃に耐えている間に、オリセは機関銃の足元にある物を投げていた。
「……コルは、こういう隙を作るものを作るのが、得意だな」
亜人狩りの足元が、強い光りを放つ。
「ふふん、こんなこともあろうかとナイフ型にして正解だった!ナイスコントロール」
オリセが投げ足元に刺さった物は、コルの作ったナイフ。
カノヒ棒の発光機能とオリセの投げナイフを見て発想した目眩ましアイテムだ。
「カナリトンデヒカルナイフ……カトヒナイフと名付けよう!」
(……アロルの小銃はシタ神話から引用してなかったらどうなっていたのだろうか)
カトヒナイフの目眩まし効果は一瞬。
亜人狩りの男はすぐに視界を確保することができた。
目を開くと弾を受け止めていた蝙蝠の亜人も、目眩ましを投げた狐の亜人もすでにそこにはいない。
変わりに角の生えた亜人が物凄い速さで一直線に向かって来ている。
「ここまできて突撃かよ……っ!?」
後ろにいた同僚達は尻尾を巻いて建物の中へ逃げ出していた。
男は乱射する音と光でそれに気づかず、飛び上がった亜人に照準を合わせようとした。
「なっ、高すぎる……っ!」
しかし機関銃の射角がそれを許さない。
目一杯腰を下ろして銃の先を上に向けても間に合わなかった。
目眩ましは跳躍で機関銃の上に飛び乗れる距離までで充分だったのだ。
「よお」
「ひっ……」
「あ?そんなビビんなよ、命までは……あっ、その前にっ……!」
亜人は再び飛び上がる。
今度は距離を詰めるための前向きではなく、勢いを稼ぐために真上に向かって。
男は眼の前で最終手段の超高級兵器が踵落としで粉々に砕かれる景色を見ながら、恐怖で泡を吹き、意識を手放した。
「……ん、目がちかちかして気づかなかった、誰もいねえな、おーいみんな、やったぞー!」
茂みからがさがさと、揺動班の仲間達が出てくる。
「ガハハ!勝負は一瞬、って感じだったな!先輩のワシらに見せ場をくれなかったなあカロロ!」
「どこがよ……ゴリ押しじゃなくてもっと計画的にやってればこんな綱渡りしなくてよかったのよ!?ああもう服がビリビリ……はぁ……」
「コルの言った通り、高く飛べば当たらなかったぞ、褒めさせろ」
「あはは……ヒントくれたナノンにお礼言わないと、ラニもお疲れ」
コルとラニはお互い向き合って頭を撫であった。
「はあ……貴方達ほんと仲いいわね」
「エミイもすごかったぞ、あの固くなるやつ私も使いたいんだが……」
「撫でないで……今から努力すれば使えるかもしれないけど、『護鉄塊』なんてなくても貴方なら全部耐えれるわよ……」
「……なら……自分に教えてほしい……あそごで『護鉄塊』を持続させるのは……苦手だ」
「……ふーん、オリセに魔術で優位に立てるのは気分がいいわ、帰ったらコツを教えてあげる」
エミイが少し背伸びをして、オリセの頬を軽くつつくのを、コルは微笑ましく眺めていた。
(なんだかんだ二人も仲良くしてるなあ、初めてあった時とは比べ物にならない……あれ、そういえばあの時のエミイが言ってた『邪魔されたくない目的』の話って聞いたっけ……)
「なあエミイ、今じゃなくてもいいんだけど――」
「グワーッ!」
コルの思考を遮るように、建物の中から亜人狩りが弾き出される。
「油断大敵、敵陣での立ち話はご法度……いや、チャシ殿の班はいつもこうなる故、想像はしていたものの……」
入り口の影から姿を表したのは、黒い影には不釣り合いな白兎の亜人、襲撃班の一人、クドだった。
「ああ?クドお前さんなんで……緊急事態ってことか」
「団長殿が単身、敵方の長と戦闘を開始、ベーズ殿含む3名は馬車まで撤退、拙者とヤカ殿はこちらの支援に……しかしやはり想定以上の働きをした様子……支援が遅れ、かたじけない」
「ガハハ!これでさっきの立ち話はチャラってこった、よーし揺動班客員、ワシらはクドと共に撤退するぞ」
「えっ、いいの?」
コルが思わず足を止める。
チャシにはその意図が全く伝わってないようだった。
「団長が孤立してるって話じゃなかったの?」
「ああ!そういう……いいか?ワシらの役目はもう果たした、そんでもってクドを支援に送ったってことはだな、クドは揺動班としての仕事をしにここにきた、撤退までがワシらの任務、つまりクドはワシらと帰る」
「はぁ、要するに、一人で勝てるから撤退しろって言ってるのよ」
「おっ、エミイの嬢ちゃん、やっぱお前さんは賢いな、それに――」
建物の上層にて、ちょうど爆炎が壁を貫くのが下から見え、それがチャシの言葉を遮った。
「……な?巻き込まれかねんからな、ガハハハハ!そうら撤退だ撤退だ!」
揺動班は結果、想定よりも多くの敵と戦ったにも関わらず、想定の範囲内の負傷で済んだ。
渡り月初の開放作戦としては満点と言って差し支えないだろう。
こうして『カトリス襲撃作戦』揺動班は撤退ラインに待機していた馬車に乗り込み、一足先に拠点へと移動を始めるのだった。
「……ところでクド、お前さんヤカと支援に送られたって言ってなかったかい?」
「……彼女は真の影……瞬きの合間にまた……」
「ああっ!?……あー、そいつは良くないな……話がかわってきちまった、非常に良くない、団長がいつも通りならいいんだがなあ……」




