不釣り合いな切り札
ここまで揺動班の任務は順調そのものだった。
前衛のラニ達はいくつかの掠り傷を作っていたが、それ以上の負傷はない。
最初に相手が予想と違う動きを見せたものの、建物内の亜人狩りを襲撃班から遠ざけるという目的は随分前に達成している。
後はカロロの音の魔術で残りの亜人狩りを怯ませ、撤退するだけだった。
「このっ!」
今しがた気絶させた亜人狩りを、横をすり抜け後衛に向かおうとする亜人狩りに向かって放り投げる。
「っしセーフ」
ラニは親指を立ててコル達に余裕をアピールしながら徐々に勢いの衰える亜人狩りをさばいていた。
カロロが撤退用に魔力を調整している間、守りの薄くなる後衛に亜人狩りを近づけさせない。
これが揺動班最後の作戦だった。
「時間数えるの忘れてた!あと何分だ!?」
「ガハハ!ワシも忘れた!3分ってとこじゃないか?」
チャシの感覚は正しく、残り3分、カロロは魔術を使わず喉への負担を抑えれば、音の魔術の発動の準備が整う。
ラニとチャシにはまだ余裕があり、二人が敵を寄越さない事でカロロ以外の後衛にも余力が生まれていた。
撤退の成功を誰かが確信した時だった。
それを咎める様に、『奥の手』が姿を表した。
そして最初にそれに気がついたのはチャシだった。
「おいおい……!今からそいつは良くないな、ズルだろ……」
「どうした?」
「下がれ!」
そういいつつも、チャシはラニが下がるよりも早く、ラニの前に力強く立っていた。
ラニがその意味を理解するよりも早く、大きな金属の音が十数秒以上響き渡った。
煙の匂いが辺りを流れ、亜人狩りの動揺する声が聞こえる。
「バカお前なんてもん持ってきてんだ!生け捕りだって――」
「う、うるせえ!あいつらは俺等の知ってる亜人じゃねえ!バケモンだ!こんなの使ってちょうどいいくらいだろ!」
それはただの奴隷商人である亜人狩りには不釣り合いなほどに大きく、そして文明の最先端とも言える武器。
月明かりを受けて黒く光るそれは、車輪の付いた回転式の機関銃だった。
「ほら見ろ!あんなに弾丸を打ち込んだのに生きてやがる!やっぱりバケモノだ!」
「ああクソっ……さすがに良くねえか、全部は耐えきれんかった……」
チャシでも機関銃の密度で弾丸を体に受け続ければ負傷はする。
もっとも一般人であればすでに穴だらけだったところを、チャシの重厚な筋肉がそれをギリギリで防いでいた。
「チャシ、お前……私を庇って……」
「ガハハ!……っあたた、は……気にすんな、当たったのは途中までだ、けどなぁ……」
ラニが後衛を確認すると、カロロが咳き込んでいるのが見えた。
「あの距離からワシの前に盾を出せるのはカロロだけだった……それに見たところ、流れ弾も止めてくれたみえてだな、しょうがねえ、しょうがねえが……」
「……ああ、作戦がめちゃくちゃだ」
ラニとチャシは転がり込む様に近くの岩に身を隠した。
「ああ良くない、こうするしかなかったがカロロ達と離れちまった、あいつらも……とりあえず遮蔽物を見つけれたか……」
「このまま退きたいけどよ、あのうるさいやつ……あれも銃なのか?どうやってあれから逃げる?」
「……わかんねえなあ、ワシも詳しかねえが、あれって遠くまで届くやつ?カロロ達の安全の為にも一旦アレを壊しに行くか」
「近づくだけなら簡単だろーけど……あの弾を全部避けるのは無理があるな……あれ痛かったか?」
「ガハハ……結構な、正直もう一発も当たりたくねえ」
「……その図体だと避けながらってのも無理だろうな……ぐぐぐ……」
ラニが頭を抱える。
そのまま思考に限界を感じ、岩を盾に突撃しようかと足に力を入れたその時。
腰につけた鈴がチリンと鳴った。
「……あっ」
ラニは鈴を取り外し、飛ばないよう紐をしっかりと握りしめて、鈴を小刻みに振り回した。
『……ね、ちょうど同じこと考えてた、ラニ、聞こえる?』
「コル!無事か?さっきのやつ当たってないか?」
『カロロのお陰でなんとかね、今は茂みに隠れてる、そっちからは……だいぶ遠いかな』
コルの声の更に後ろで、オリセが鈴についてカロロに説明しているのが聞こえてくる。
ラニもチャシに最低限の説明をした。
「ほーん、ラックもまたすげえのつくったもんだ、あーあーカロロ、カロロ聞こえるか?」
『こほ……はい、聞こえます』
「さっきはありがとな、助かった、ほんで撤退の作戦だが……喉の方はどうだ?」
『それがですねっ……コホッ、ボクもちょっと無理しすぎました……襲撃班に撤退を知らせるための最低限の一回……大音量なだけで攻撃や防御にはつかえません』
『そもそも何?あれ……大砲?』
『ああ、あれは機関銃……だったかな、正式名称は忘れたけど、前に新聞で見た事ある』
「銃っていうとコルが使うアレの仲間なのか?あれが?」
ラニの疑問は最もだった。
コルの持つアロルの小銃は、名前の通り一般的に銃と呼ばれる両手持ちの物と違い、片手で扱うことのできる小さな銃。
だがいくらアロルの小銃が小さいにしても、先程猛威を振るったあれはとても比べ物にならないほど大きかった。
『うーん、定義的にはどうだろ……台車で動かしてるし砲……でも弾の大きさ的には……って今はそうじゃなくて』
小さな鈴とラニの間に、チャシが大きな鳥頭を割り込ませる。
「おうコルよ、あんなに撃たれちゃ近づけない、なのに寄れば寄るほど威力も増すだろ?あれの弱点がワシにはさっぱりわからん、あるなら簡単に教えてくれんか」
『俺も実物を見るのは初めてだけど弾代がバカにならないってこととか……あとはそうだな、あの形状……ナノンロイド4号に近いんだよね』
「なの……何?」
『あ、ああナノンの作った武器というか機械というか、あれは大砲なんだけど……でも確かにあの形は――』
短く部品が回転する音が鳴った後、それをかき消すように弾丸が茂みに向かって放たれる。
『――っ馬鹿!頭出すんじゃないわよ!死にたいの!?』
『……エミイが引っ張らなかったら……危なかったぞ』
『ありがとう……ほんとごめん……でも漬け込む隙は見つけた、向こうはこの期に及んで弾をケチってる、あれじゃ機関銃の強みも台無しだ、それに巻き添えを食わないように全員あれより後ろに下がってた』
「……つまり?」
『あれはほんとに最後の最後、奥の手、使い慣れてない切り札だ、あれを壊せば間違いなく戦意を失う、そしたら俺達の勝ちだよ』




