潮時
作戦開始からもうじき1時間が経過しようとしていた。
襲撃班と亜人狩りの戦闘は続いていたが、誰一人として脱落することなく迫りくる亜人狩りを薙ぎ払っている。
最前線のチャシとラニは不敵な笑みすら浮かべていたが、そこには多少の疲労も見られた。
「ふぅっ……だいぶやった気がするんだが、数えただけでも20くらいか」
「ワシは30……これは良くないな!つい気が乗っていつの間にか予定より長居しちまってる、奴ら怖いもの知らずというかなんというか、いくら投げ飛ばしても向かって来やがるし、こいつは思ったより引くのが難しそうだな」
「いっそ全員シバくか?」
「……ガハハ!それも良いな!ワシらは良い!が、後ろの団員達はそうもいかん」
ラニが振り向くと後方に控えたコル達がくたびれているのが見える。
全員目には闘志が残っているが、場に慣れているカロロ以外、明らかに姿勢が乱れていた。
ラニは居心地悪そうに表情を曇らせつつも、よそ見した隙を狙おうとした亜人狩りを足で一蹴した。
「そうか……確かにそうだな、ああ」
「ガハハ!そんな顔をするな、言わんとする事はわかる!コル達に聞いても『まだ行ける』とか言うだろう!そういうことだ、だからワシらがいる!」
チャシはラニの背中を軽く手のひらで叩き、その太い翼腕で後方に合図を送った。
「潮時だ!カロロ!」
「……!」
合図を受け取ったカロロは両手を使って大きく丸を作り、その後指を8本立てて、ラニ以外の渡り月との連携を再度始めた。
「さあてラニ、あと8分だ、8分の間は誰も後ろに行かせない、できるかい?」
「当然だろ!こういう時に、コル達をちゃんと守れる女になりたいんだ、だから今日からそうなる!」
「ガハハハハハ!そいつは良い!とてつもなく良いな!ワシもそうありたいもんだ!」
二人が気合を入れ直し、その圧に亜人狩り達もたじろぐ。
だがその圧を押し返せるだけの物が、建物の奥から、顔を覗かせようとしていた。
それとほぼ同時刻。
バハメロは一人、カトリスの長であるラッパーと戦っていた。
だがそれは戦いと呼ぶには異質だった。
檻の連なるこの部屋に、バハメロは一人立ち止まっていたのだ。
「……そこか!」
正面に向かっての飛び膝蹴り。
当然そこには誰も見えず、蹴りは空を切り、着地と同時に床の魔術罠が作動する。
バハメロはその罠に向かって斧を振り下ろして砕く。
戦闘が始まってからこれまで、同じような事を数度繰り返していた。
「ええい!自信家だと言ったが取り消すぞラッパー!敵を前に魔術で隠れるなど、貴様は臆病者である!」
部屋のどこにもラッパーの姿はない、しかし声だけが聞こえる。
「騒ぐなようるせえな、俺の武器は罠だと言ったが?罠をはって息を潜める、それが『狩り』ってもんだろう」
「っ!」
バハメロは声のする方向へ斧を投げたが、斧が壁にめり込むだけだった。
(……くっ、気配すら朧気になるとは厄介である、眼の前で次々罠を張られているというのに止める事ができぬとは……すぐそこにあるはずの扉が遠く感じる)
前に向かって一歩、力強く踏み込む。
当然罠が起動する、それをバハメロが叩く。
その動作を感知したのか、次は壁から杭のような罠がバハメロの体を打ち付ける。
ギリギリで防御しダメージを最小限に抑えることはできたが、バハメロは先程よりも二歩後ろに下がっていた。
「鉄、設置、足止め『喰らう罠』針、設置『穿つ罠』」
(まただ、また罠を……一つの詠唱で複数個の罠を設置するとは、やはり相当の魔術使い……そして相当の練度である、これが『いつもの手段』だということか!)
「もう理解した、お前はがむしゃらに敵を打ち倒してきたんだろう、俺とは相性が悪かったな、既に後ろにも罠を張ってある、お前はこの部屋から出ることができず、俺はお前が消耗するまで隠れる事もできる、終わりだ龍の亜人、降参する気はあるか?」
「無論……ない!」
バハメロは再び、力強く前へ、亜人達の囚われた部屋の扉へ向かって、床を砕く様に踏み込んだ。




