不平等
コルは昔の事を思い出していた。
子供の頃、祖母と街に出掛けた時の思い出だ。
横切った服屋が何かの記念に安売りをしていた。
当時は知らなかったがそれは国中で流行りの服屋だったらしく、おしゃれな大人達が我先にと商品に飛びかかる様が、その大人達と同じくらいの年齢になった今でも印象に残っている。
何故こんな事を大事な任務の最中に思い出したか。
同じ目が、自分達に向けられていたからだ。
建物から勢いよく飛び出してきた亜人狩りが、挨拶も無しにコル達に襲いかかってくる。
「ヒャッハー!一番乗りィィィ!」
「早……っ、危ない!」
エミイの注意が届くよりも早く、先頭の亜人狩りが目にも止まらぬ素早さでチャシに詰め寄り、大ぶりの刃物を振り下ろした。
「ィィ……ィ?」
「ガハハ!来たぞ来たぞ!」
その刃物は確かに太い腕翼に当たっていた。
しかし腕が切り落とされるどころか、チャシは痛がる様子すらない。
「いいだろ!この筋肉!力を込めりゃ刃物も通さん!ガハハ!ガハハハハ!!」
チャシは大口を開けて笑いながら、唖然とする亜人狩りを反対の腕で掴み、他の亜人狩りを狙って豪快に投げ飛ばす。
そしてすかさず、投げた物を追いかける様に前線へ飛び込んでいった。
「……筋肉ってそういうものだったかしら……?」
「そ、その、チャシさんの腕が特別なだけなので……真似はしないでくださいね」
「するわけないじゃない……」
「エミイ、俺達も早く行こう……とは言えもう第一波は終わったみたいだけど」
「……なんだ、もう来ねえのか?」
「ガハハ!威勢がいいな!コイツら揃いも揃って足だけは早かった、いわば斥候だな!」
すぐに地面を揺らす様な足音が鳴り響き、再び亜人狩りが建物から飛び出す。
まず予想通り、次の10人が正面玄関から顔を出し。
次に予想を超える20人がそれぞれ威勢よく現れた。
「こいつは良くない、飲みすぎたか?やたら沢山いるように見えるなあ」
「いや、実際多いぞ、20……30?さっきの足音からしてまだ建物に待機してるな」
「……まあいいがな!もっと小出しで来ると思ってたってだけだ!一斉に来るなら手間も省ける!これはこれでいいな!カロロ!ワシらはいいからそっち四人で連携を取れ!安全第一でな!」
「けほっ、はい!ではボクとオリセさんを中心に守りを意識して――」
一方その頃、カトリス拠点内部。
襲撃班は小走りで拠点の中を進んでいた。
「おや、チャシさんの笑い声と知らない叫び声、向こうはうまく行ってるみたいだね」
「はい、ですがここまで人気がないのは……流石に不自然です」
「うむ……それはおそらく、あれだろう」
「あれ?」
バハメロが力強く地面を踏みつける。
前方の床に亀裂が走り、そこに赤く光る模様が浮かび上がる。
そしてその模様から牙のような物が現れた。
「これは……捕獲用の魔術罠ですか、よく気が付きましたね」
「各員注意して動くのだ、見てからでも避けれる代物ではあるが、躱した先にもう一つ仕掛けられている物と思え」
「了解!」
拠点の中は居住性よりも機能性を重視した作りになっていて、扉は少なく広い部屋が多かった。
そんな中でも厳重かつ逃走経路の少ない通路こそが亜人の繋がれた牢へと繋がっている。
襲撃班はここまで妨害一つなく鉄の扉の前に辿り着いた。
「……なんか……ふひ、怪しいですねぇ」
扉を見たとき、バハメロと同じ違和感をヤカも感じていた。
アリッサが率先して扉を調べる。
「……うーん鍵はかかってるけど、強度は普通の扉、罠はあったけどもう解けたよ、よーし団長やっちゃって」
「うむ!そぉら!」
バハメロが扉を蹴破ると、扉は大きな音を立て隣の部屋の床にぶつかった。
部屋は倉庫の様で、沢山の小道具が置かれていた。
「おっ、新品の工具発見!ナノン達のお土産にしようかな!」
「アリッサ殿、物色するなとは言いませぬが、もう少し緊張感というものを……」
「自然体が一番よ、クドちゃんは硬い、硬いわ……!カチカチよ、良ければアタシがマッサージしてあげようか!?」
「……謹んでご遠慮致す……」
「ハハハッ、ベーズに構ってると脳味噌ピンク色になるよ」
「誰がカマってるよ!」
「そうじゃないしそうだとしてもアンタはカマってるし怒るとこそこじゃないよ!」
襲撃班の行動は至って迅速だった。
罠を解除し、時にはバハメロが踏んだ上で物ともせずに突き進む。
ここまでは隠密性を考慮しての早歩きだったが、亜人狩りの一人も遭遇せず、罠の回避に慣れて解除するよりも早いと気づいてからは、一同は目的の場所へ全速力で駆け抜けていた。
最後の扉をバハメロが勢いのままに蹴破る。
当然罠が仕掛けられており、扉が軽い爆発を起こすが、いにも介さず爆炎の中から辺りを見回す。
「……どういうことだ」
バハメロは呆気にとられていた。
そこにいるはずの亜人達がいないからだ。
壁一面の牢には誰もいなかった。
「誰か!誰かいないか!吾輩達が!助けに来たのである!」
亜人の声はしない。
そのかわりに柱の影から髭面の男が出てきた。
「うるせえな……クソ、あんだけ罠にかかっといてまだ6匹も残ってやがる、いや『揺動』の人数からして元々お前らだけか?まさか全部抜けてきたってか?」
「……やはり襲撃に気づいて罠を……揺動と知りながら兵を送り一人罠で応戦とは、まるで逆である、あまつさえ単身で待ち構えるとは、余程の自信家なのであろう!言うのだ!ここにいるはずの亜人達を何処へやった!」
バハメロが動揺を抑えた一方で、男は余裕の表情を崩さずに、懐から葉巻を取り出し火をつけた。
「チッ、教えてやるよ、『自信家』だからな、全員奥の部屋にぶち込んだ、どこで知ったか知らねえが、この建物の構造知ってんだろ?ここまで一直線だったからなあ」
「……!うむ、故に吾輩は知っている、その奥の部屋に40を超える人がはいる広さはない、ハッタリである」
「40?はあ……ついさっきまでてめえらの情報網に感心してたが、やめだ」
「三日前、19匹売って、売れ損ないを12匹『処分』した、残りは18」
「……は?」
「そして今から、ちょうど12匹、『仕入れ』だ」




