轟きに潜む
『カトリス襲撃作戦』開始数分前。
襲撃班の待機場所は揺動班の真反対、つまり大きく迂回して裏側に回り込まなければならない。2つの班は同時に出発したが、襲撃班の馬車を操るリッキーの場所は速さを何より優先する。
帰りに開放した亜人を輸送する為に大きめの荷台を引いてなお、襲撃班はコル達揺動班より先にカトリスの拠点周辺の森にたどり着いていた。
談笑する4人の門番の側にある灯りが、拠点の門を照らす。
バハメロはかなり離れた位置の茂みから門を覗いていた。
その集中力は、後ろから音を殺して忍び寄る男の影を即座に感知する程だった。
「……クドか」
「団長殿、拙者とベーズ殿による周辺偵察が完了致した、この森の中にいたのは先程の見張りで全てに候、襲撃を拠点に知らされた気配も皆無」
「うむ、ご苦労である、さっきは言いそびれたがその見張りを音もなく縛り上げたあの技は見事だったぞ、流石である」
「……拙者の役目はこれにて終わりも同然故、これよりはベーズ殿及びアリッサ殿と同様支援に――」
「はい、予定通りの第一プランなのでそれで構いません」
クドが申し訳なさそうに長い兎の耳を垂れ下がらせていると、クドが出てきた茂みとは反対側の茂みからロナザメトが顔を覗かせた。
「会議でも言いましたが適材適所です、クドさんの得意分野は不意打ちと偵察なのでここからは基本的に不要でしょう……ああいえ、ここからは我々に任せて無理はしないで欲しいという意味で決して用済みだと言いたい訳ではなく……」
「隊長殿、拙者は慣れております故、わざわざ説明せずとも勘違いはしませぬ」
「そうですか……コホン、ではヤカさんの方に向かってください、少し早く付きすぎました、彼女の衝動を抑えるのを手伝ってほしいとアリッサさん達が……流石に彼女も作戦の根本を崩す様な事はしないと思いますが……」
「委細承知、それでは」
クドは影に飛び込むように、それでいて音をたてずに走り去っていった。
「うむ、素晴らしい速度と技術である、吾輩も精進せればな」
「ええ、私が弾犬隊長の座を引くことがあれば、次の隊長は間違いなく彼でしょうね」
「……そんな予定があるのか?」
ロナザメトはきっぱりはっきりと答えた。
「いいえ、ありません、いつか『対話』が成されてノヤリスが無くなったとしても僕は弾犬の隊長を名乗り続けます、なので団長、団長番号2番の僕が団長の座に付くような事には、ならないようにお願いしますよ」
「フハハ、吾輩には皆を導く責任があるのだ、ノヤリスの団長はこのバハメロ・フラオリムが最初で最後である」
バハメロは微笑みながら愛用の武器を握りしめる。
それは紛れもなく斧の形をしているが、刃の部分は分厚く潰れている。
襲撃の際には最大限加減して振るう、愛用の斧の形をした鈍器だった。
「今回の相手は拠点の一番脆い方角に重点的に見張りをつける程度には知恵が回る様です」
「わかっている、見るのだあの門番を、今までの相手と比べても屈強、さらに装備が整っている、『儲かって』いるのだろうな……」
「……団長、再度確認しますが、今回も不殺で……よろしいのですね?」
「うむ、当然である、いつも通り、それにより生じる戦況の不利は吾輩が全てなんとかする」
「はい、いつも通りの返事を頂きました、では引き続き作戦開始の合図を待ちますか」
『『――ァァァァァァアアアアアアアアアアアッッッ!!!!』
ロナザメトの眼鏡を直す動作が引き金となった様に、遠くから森からけたたましい叫び声が聞こえる。
「……!団長――」
ロナザメトはそのままバハメロの座っていた場所を見るが、獲物を見つめる龍の亜人はもういない。
拠点の門には既に二人の亜人が黒い髪をなびかせ立っている、龍と羊だ。
「やはりヤカはいい反応速度をしている、なんならまたキレが良くなったな!」
「……うへ、私なんかに倒されるこいつらが駄目なんですよお……それに4人中3人倒しといてよく言いますね……」
一手遅れて、残りの団員も建物に入る。
「侵入成功っと!」
「んもうアリッサちゃん、危ないから前に出すぎるんじゃないわよ、アナタ一応エンジニアなんだから」
「何事も経験なんだってば、ベーズこそ、今回はメイク落ちないようになー」
「当然よ!今日はバッチリキメて来たんだから!どう!?美しい!?」
「拙者に振られども……そのような話は後にすべきと思われる……」
バハメロは軽く先行つつ思考を巡らせていた。
(先程の武装であればいくら来ようと吾輩やチャシがいれば問題はないが……拠点の逃走経路、兵力の配置、そして書類にあった商売の手口に至るまで……巧妙である、この組織の『長』は……果たしてこちら思い通りに動くのであろうか……?なんにせよ――)
「――なんにせよ、我々が押し通る……!作戦開始!である!」




