青い鳥の鳴き声
木を隠すなら森の中、という言葉がある。
この『木を隠すなら』という前提はその実、必要がない。
何故なら深い森に隠された物を見つけることは何であれ困難だからだ。
森には何かを隠すには最適の『神秘』が存在する。
深い森は誰も寄せ付けず、迂闊に踏み込めば閉じ込める。
公になると都合の悪い建物を建てるには最適の場所。
ここはなんの変哲もない森、ただ深く、ただ暗く、ただ猛獣の噂が絶えないだけの、名も無きただの森。
ノヤリス周辺を囲む『迷路の森』とは違い、ごく普通の樹木が立ち並ぶ。
揺動班を載せた小型の馬車はその木々を器用にすり抜けて進んでいた。
馬車は夜明けと同時に出発し、日が沈み始めるこの時間まで、一度も止まることは無かった。
「皆様ー、まもなくー目的地にー到着しまーす」
「結局休みなしでここまでできちゃった……リッキーも馬も大丈夫?」
「彼の名前はミックですー、僕もミックも長距離移動には慣れてますのでー、寧ろ座りっぱなしの皆様こそ調子はどうでしょうかー」
コルは関心しつつ自分のいる荷台を見回した。
小型なだけあって最低限の荷物と5人の亜人が所狭しと座っている。
数時間前まで『チャシがデカくて幅を取りすぎている問題』でラニとチャシが揉めていたが、今は全員軽く雑談をしながら降りる支度をしていた。
「みんなピンピンしてる、俺はちょっとだけ座り疲れたかな」
「それほど緊張していれば当然でしょうー、今回の『チャシさんとラニさんが大暴れするのを残りで支援する』作戦、そう固くならずとも上手くいくと思いますよ、個人的にー」
「万が一うまく行かなかった時、機転を利かせれる男になりたいんだよ」
「いい心構えですねー、ノヤリスでは珍しいタイプです……さて到着ーポイント1ーポイント1ー、お忘れ物の無い様にー、皆様幸運を祈ります」
馬を止めたリッキーは荷台の団員達に向かって敬礼を送った。
コルが最後に馬車を降りて、まず目についたのは一面に広がる草木だった。
軽く背伸びをするとちょうど同じタイミングで背伸びをしたラニが寄ってくる。
「俺達いっつもスタートは森な気がするな」
「身を隠すにも拠点を隠すにもいい場所だからな、私は昔からよく隠したし隠れたが……これからもこういう事はあると思うぞ、嫌か?」
「嫌って訳じゃないよ、エミイは虫に慣れないとなーってね」
「確かに……今回みたいな任務でびっくりして大声をだされたりすると都合が悪いな、ニシシっ!」
ラニが笑ったその瞬間、少し離れた位置から鋭い視線を感じる。
二人はその視線の持ち主がため息を付きながら呆れた顔で手招きしているのに気がついた。
「貴方達緊張感とかないの?一応ここ作戦区域なのよ?」
「ガハハ!ガチガチよりは断然良いな!」
「チャシさん……大声は駄目です」
「おっと……確かに良くないな、反省反省……さて次のポイントに移るぞ、なるべく静かに、そんで素早くな」
そう言うとチャシは姿勢を低くして森の奥へと進んでいった。
巨大な体型やこれまでの言動からは想像もつかないほど本人の言う通り、『静か』で『素早い』みのこなしだった。
道中亜人狩りの見張りなどと一切接触せずに、一同はポイント2までたどり着く。
「ポイント2到着です、全員いますか?」
「……エミイが少し……遅れている……」
「はぁ……はぁ……遅れてないわよ、オリセ貴方……最初私より後ろにいたじゃない」
「わりいわりい、久しぶりでトバし過ぎちまった、ラニの嬢ちゃんがついて来たのに驚いてな」
ポイント2は依然として辺り一面に草木が広がっているが、これまでと違い目先に明かりが見える。
数十歩歩けば、という距離に建物があるのだ。
その建物こそが亜人狩り組織、『カトリス』の拠点だった。
眼の前にあるのは複数ある出入り口の一つで西側にあたり、細身の剣を持った見張りが二人立っているのが木の陰から見える。
「で、では私が襲撃班に合図を送ります、その瞬間から『カトリス襲撃作戦』開始です、準備はいいですか?」
エミイは息を整え直し、オリセは懐からナイフを、コルはアロルの小銃を取り出した。
(あれから改良を重ねたけど……命中精度がちょっとあがっただけで射程は全然のまま、この作戦が終わったらまた改良しないとな)
準備と覚悟を終わらせた渡り月を見て、チャシがカロロに合図を送る。
それを見たカロロは頷き、立ち上がって首に両手を当てた。
「音、乱れ、振動――」
「あ、良くないな、渡り月に伝える忘れてた事がある」
「それ今言うのか?もうカロロがなんか始てるぞ」
「ああ、この合図に使う魔術についての事なんだがな」
チャシ達の会話を気に留めず、カロロは集中して詠唱を続けている。
「――空を飛べ、彼方の地に、音を捧げる、『届け、風の歌』」
カロロが詠唱を終えたと思った矢先、手を当てていた喉が微かに光る。
「そういえばどう合図を送るのか聞き忘れてたけど、今魔術で送ったのか?」
「ちょっと違うな、今から送るんだ、カロロは普段おどおどしてて声も小さいが……おっ、魔術の心得があるそっちの二人は気づいたか、それは良いな!」
コルとラニの後ろにエミイとオリセはそれぞれ耳に手を当てていた。
そして再び前を向く頃にはチャシも頭の横、嘴の少し後ろの辺りを大きな手で塞いでいた。
「ガハハ!お前らもそうしたほうがいいぞ!」
二人は言われたり、耳を塞ぐ。
最後に耳に入ったのはカロロが息を大きく吸う音だった。
「……?なあこれ――」
コル達の疑問はすぐに解消される。
『『アァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーッッッッッ!!!!!』』
塞いだ耳を貫く様な叫び声が響く。
チャシがその体から想像もつかない機敏な動きを見せた様に、カロロの普段の声色から想像できない音が、他でもないカロロの口から飛び出していた。
それはもはやカロロのに限らず、生き物から発せられる音とは呼べない程の爆音だった。
カロロの前にあった木の数本は根本から吹き飛び、そのさらに置くに立っていた門番の亜人狩りは壁に押し付けられてよろめいている。
その壁にも亀裂が入るほど大きな音の生み出す衝撃波。
カロロの得意とするこの『音の魔術』により、先手を取りつつ、大量の亜人狩りの注意を引く事に成功した。
「ガハハ!こりゃあまたこの森の猛獣の噂がまた増えちまったな!今日は喉大丈夫か!?ガハハハハハ!!!」
「コホッ…て"は"!ざぐぜん"、ゴボッ"、開"始"でず」
今週は短い話がもう一個あります




