こんな森もう出よう
がさりと音がして、木の上からラニが飛び降りて来る。
「こっちだ、もう少しで森を出られるぞ」
「ようし、気張って行くぞ!」
喧嘩の後、一晩中語り合った二人は互いを理解し、励まし合いながら進んだ。
木々の隙間を強い風が吹き抜ける、少しづつ視界から緑が減っていき、心地よい木漏れ日が揺れる。
「見えない木の根に怯えなくていいのは楽だなあ」
何度も茂みに隠れた根を踏み転びかけたコルは歩きやすい地面のありがたさを噛み締めていた。
「これ踏んで転びそうだなって思ったやつ全部踏むから、見てて面白かったぞ」
ラニがいたずらっぽく笑う。
二人はこの状況に居心地の良さを感じていた。
幼き頃から部屋に籠もり物作りを趣味としていたコルにとって、明るい森を歩く様な体験は初めてでわくわくするものだったのだ。
ラニにとってもコルは初めての理解者であった。
自身にとって悪い存在ではないとお互いが思う。
それでも、別れが迫っていることを二人は分かっている。
先に切り出したのはコルだった。
「……なあラニ、ここまでくれば、もう転ぶ心配も迷う心配もないと思うんだ」
「……ああ、そう、だな」
"協力は森の浅い所まで"
まだ信頼関係ができていなかった頃の約束、それでも逃亡中の亜人であるラニとこれからも友人として一緒にいることはできないというのも分かっていた。
「……その、ありがとう、ラニは恩人だ、助かったし楽しかったしそれに」
ラニの耳がぴくりと動く。
「コル、待て」
肩に手を置き称賛を止める。
「なんだ、褒められるの恥ずかしいか?でも本当に」
「静かにしろ……!」
肩に置いた手とは逆の手が口を抑える。
その表情は恥じらいなどではなく、至って真剣な顔だった。
ラニが目を向けた先、少し遠くから筋肉質な男がこちらに向かってくる。
「クソッ、あれは亜人狩りの一人だ、まだ私を探してたのか…」
別れを切り出せない内に想定よりも森の外側まで来てしまっていたようだ。
「……ここでお別れだな、コル、私も楽しかった、じゃあな」
「……!」
(短い時間だったが本当に楽しかった、ここからまた独りか……また会えるといいな、こんなやつに……いや、こいつに)
返事も聞かずに森の奥へ走り去ろうとするラニ。
コルはその腕を無意識に掴んだ。
そしてそのまま森の外へ走り出す。
「おい……!?コル!どうした!?」
急な事で足に力が入らずに手を引かれるまま、ふらふらと走る。
それに気づいた筋肉質な男が仲間を呼んで追いかける準備を始めたのが見えた。
「おい、離せって!なんだお前ここに来て亜人狩りに付き出す気か!?」
「なことするか!こんな森よりもっと広くて歩きやすいとこに逃げるんだよ!」
「はぁ!?私はお前と違って森の中でも……それにこんな目立つ角つけた女がそんな堂々と歩けるかよ!おい聞いてんのか!」
「一旦家に帰って金持って、ああ親父になんて言うか……ええいそっからは後で落ち着いてから考える!とにかくまずは室内に隠れるんだよ!」
「お前……なんで……」
ラニには理解できなかった、出会ったあの夜からこの男はそうだ、何故亜人である私に対してそこまで?と。
だがコルにとってはシンプルで、簡単な理由であった。
「ぜぇ……ぜぇ……友達が寂しそうだったからだ、それに手足の貸しじゃ足りないくらいの恩もあるからな」
コルは元々体力が少ない、その上勢いで飛び出したのですでに限界が来ている。
それでもなおコルは手を引き走った。
「……お前は本当に、地頭はいいはずなのにそういうとこだけは馬鹿だな……!そんなお前だからこそ、信じれる……よっ!」
手を引くコルの腕を逆に引っ張り、流れるように肩に担ぐ。
「私が走る方が早いからな、ほら道教えろ、言っとくがこれで私も救われたからな、お前の家に隠れた瞬間貸し借りは終わりだ!」
「ああ、そしたら完全に対等だ!それはそうと同じ位の体格の女の人にこの運ばれ方するの恥ずかしいんだけど!」
「ハッ!軽いんだよ!もっと肉食いな!」
森を抜けると先程まで嫌というほど見た野生のそれとは違う、甘い果実の香りが漂う。
ルーンタグ家の経営する果樹園だ。
コルの故郷、ムラフの町に帰ってきたのだ。
果樹園から街に入り土地勘のあるコルが選ぶしんとした裏道を走り抜ける。
街の端にあるルーンタグ家の屋敷まで誰にも見つからず、そう時間もかからずにたどり着くことができた。