今に平和などない
渡り月が初任務を終えたあの日から数週間が経過した。
その間コルは雑用や特訓を欠かさず行っていたが、この日は時間が空き、空を眺めながら一息つくことにした。
「……天気いいなあ」
「庭で優雅にティータイムたぁいいご身分だな、コルトリック」
ぼーっとしていて気づかなかったが、すぐ隣にガタイのいい亜人が立っていた。
威圧的な彼を前にコルは怯むことなく水筒を差し出した。
「良かったら君もどう?」
「……ハハッ!今日は遠慮しとくぜ、俺はこいつらを持ってかなきゃならねえんだ」
ガタイのいい亜人がぶっきらぼうに指を差した先には箱いっぱいに野菜が積まれていた。
「随分多いな、手伝おうか」
「余裕だっての、俺は戦闘員じゃねえからな、この筋肉は野菜を運ぶためにあんだよ……っと!ほら一個くれてやる」
ガタイのいい亜人は箱を持ち上げる片手間、そのうちの一つをコルに向かって根菜を放り投げた。
「セキニンジンは採れたてなら洗ってすぐ食える!ってな」
「おお……いい色だ、こんなにしっかり赤いの始めて見た、ありがとう」
「いいってことよ」
亜人は山積みの野菜が入った箱を担いで去っていった。
「さっそく洗ってこよっと」
この数週間で、コルはあっという間に団員達と打ち解けた。
勿論以前変わりなく、一歩距離を置いた団員もいるが、少なくとも雑用や手伝いを任される程の関係にはなっていた。
「しかしほんとに立派な色、何度か水やりをしたからかちょっと愛着も……おかしいな?なんでこんなに平和に暮らしてるんだ、どうして次の任務が来ないんだ?」
セキニンジンを洗いながら違和感を感じる。
この数週間渡り月には任務がなく、休暇という名目で雑用や特訓、読書など各々行動していた。
「見えてる景色が、平和なだけだよな……」
「……そうだな」
「わ!?」
いつの間にか背後にはオリセが立っていた。
(今日2回目……これが所謂平和ボケなのか!?)
「……コル、団長達が読んでる……作戦会議室に来てほしいそうだ」
「作戦会議室?」
オリセの狐耳と白い尻尾はいつもより緊張していた。
コルはオリセに案内されて作戦会議室へ向かう。
例のごとくそこまでの道のりも複雑なものだった。
「……ここだ」
扉を開けると大きな机を囲むように椅子が置かれた広い部屋がそこにはあった。
部屋にはバハメロやロナザメトを始めとした渡り月以外の団員もかなりいた。
「感謝するぞオリセ……うむ、これで揃ったな!では全員座ってくれ」
バハメロの指示に従い、立っていた団員が席につく。
「待たせたみたいで……申し訳ない」
コルは一言詫びをいれてから座った。
「さっそくこれより、重要任務についての会議を始める、ロナザメト」
「はい、まず本作戦はここにいる『龍炎』から1名『弾犬』から3名『鋼花』2名『酔鳥』から2名『送り猫』から2名、そして『渡り月』4名……計14名の大規模作戦となります」
一見過剰な言い方に聞こえるが、ノヤリスの団員は50名。
戦闘員の半数が動く作戦に、その場の空気が引き締まる。
「事の始まりはこの手紙……あの大馬鹿、失敬、クソ大馬鹿もやし男の手紙です」
(うむ、怒りが抑えられてないな!)
ロナザメトが机に置いた手紙には綺麗な文字が綴られていた。
手に取った派手なメイクの男が手紙を読み上げる。
「『西リエ地方の辺りに行ってきます、3日で帰るからロナザメト君悪いけど今日の掃除当番やっといて』……あら?最近カレ見ないから長期的な任務かと思ってたわよ?」
「別に彼が人に掃除を押し付けてふらっといなくなるのは珍しくありません、ですが問題は『西リエ地方』から3日ところが一月近く『帰ってこない』事です」
更に空気が引き締まり、その場にいた数人がつばを飲む。
「……西リエ地方にはこれまでの亜人狩りよりも大きな規模の『カトリス』と言うグループがいます」
「……俺は西リエのラフムって村の出身だけど、数年前に噂で聞いた事がある、実在したのか……」
「亜人狩りは見て見ぬふりをしているだけで、純人の法では黒、そんな連中に名乗る組織名があるということは、それだけの自信……つまり奴隷商としての実績と、いざというときの『兵力』があるということです」
「余裕ぶっこいてるってことよ!やな感じだわまったく!」
コルは初対面の男の不思議な口調も気にならない程に緊張していた。
「もしかして、シーモがそのカトリスに捕まったってのか?」
会議室がざわつき、中には青ざめる者もいた。
「……可能性の話です、シーモがそう簡単に捕まるとも思えないですが、同時に理由も連絡もなく留まる理由も『カトリス』にしかないだろうという予想です」
「ロナザメト、作戦の話を進めるのだ」
「……すいませんでした、本作戦の目標はシーモ含む亜人の解放です、プランはいつも通り奇襲で正面突破……と行きたいところですが、いつもより強力で数も多い相手です、よって今回は揺動班と襲撃班に別れての行動になります」
「うむ、では……ロナザメト、アリッサ、ラッシー、ヤカ・ヤック、クド、ベーズこの6名は吾輩と襲撃班になる、やることは単純、合図と共に揺動とは反対側から襲撃し、亜人を解放、そして拠点として機能できなくなるまで壊し、即座に撤退である」
作戦を聞きながら自分の毛を弄っていた生気のない目をした、黒い羊の亜人が手を上げた。
「質問か?ヤカ」
「はい……会議の邪魔してすいません……へへでも聞きたくて、今回はいつもより強いんですよね?それでも『殺しは最低限』ですか?」
「うむ、無論だ」
「今まで解放作戦でみんな一人も殺さずやってきました、でも今回は一筋縄ではいかないんですよね……?もしかしたら正当防衛で結果皆殺しにしちゃうかも――」
「ヤカ、殺すなとは言わない、だが……無駄な血は我々の未来を遠ざける事は……わかってくれ」
「……はい、わかってます、私も頑張りますよ」
「……先程呼ばれなかったチャシ、カロロ、リッキー、コルトリック、ラーニンダム、エミイ、オリセ、以上7名が揺動班である、チャシ、お前が指揮をとるのだ」
バハメロは隣に座っていた鳥頭の大男に作戦書類を渡した。
「あ〜?良くないな、難しいのはカロロに任せるぞ?」
「うむ、そちらの作戦については書類に書いてある、全員に目を通させるのだ、我々襲撃班は場所を変えよう、明日の日の出と共に出る、ではついてこい」
作戦会議室の密度が半分にまで下がる。
最後にロナザメトが扉を閉めた事で、残った7人の更に半分が同時に息をついた。
「ガハハ!そうかそうか!そこの4人はこういうの初めてか!それはいい!……さて、んじゃあわかんねえ事だらけだろうからな、重大な任務だ、今日は素面で真面目な班内作戦会議とすっか、若者共」




