ド深夜ガールズトーク
「エミイちゃんは朝と夜どっちが好き?」
自身をグラと名乗った少女は、翼もないのにエミイの頭上を舞うように飛びながら問いかけた。
「はぁ……話すのはいいからせめてじっとしてくれないかしら」
「はぁい」
グラが窓に腰掛ける。
実際には霊体のグラは窓枠もすり抜けるため、腰掛けたように見える姿勢で浮いているだけなのだが。
「それでそれで?朝と夜どっちが好き?」
「まあ、どちらかと言うなら夜ね」
「やっぱり?そんな気したんだー、私は朝派!私ね、太陽が好きなんだ」
エミイは幽霊らしからぬ発言に思わず訝しんだ。
「私がまだ生きてた時、太陽が見たくてしょうがなくて、はじめて太陽を見た日の感動は鮮明に覚えてるの、だから太陽は好き」
「太陽が見たかった?」
グラは自分の溢した言葉に気が付きハッとした後、沈んだ表情を浮かべた。
「んー……私ね『生贄』だったんだ」
「生贄?」
「私の民族は地下に住んでたんだけどね、みんな太陽が見たくなって、地上を目指したの、その旅の途中で通せんぼしてきた『カミサマ』に捧げられたのが私」
「……?その話どこかで……」
「お、もしかして私の民族の話歴史に残ってたりする?」
グラはどこか嬉しそうに、そして大袈裟な素振りで話を続ける。
「最終的に生贄の少女は『カミサマ』達と仲良くなって沢山助けてもらって、それでもすぐ死んじゃったけど幽霊になったおかげで、地面をすり抜け民族の誰よりも早く太陽が見れましたとさ、めでたしめでたし……ってね」
「ええそう、どこで聞いたか覚えてないけれど……そして少女を生贄に捧げた民族は――」
うろ覚えの『結末』を言いかけたエミイの声が止まる。
それは少女が天に登った後。
誰よりも太陽に焦がれた少女を贄とした『意地悪な大人達』に訪れた制裁の結末。
グラの他の民族達に対する思いがどういったものかが定かでない今、下手に言うべきではないのではと思いとどまったのだ。
しかし、少し遅かった。
「ん?あー、私が死んじゃった悲しみでカミサマと部下達が怪物になってみんなを殺しちゃって、みんなは太陽を見れずに民族は滅んだ……これでほんとにおしまい、だよね」
「……どうして自分が死んだ後の話がわかるの?」
「どうして?どうして……どうしてだろう?」
「いや私に聞かれても困るのだけど……」
「私地上に来てから戻ってないし……気づいたらこの森を彷徨ってたし……どこで聞いたのかな……うーんうーんよし、エミイちゃん調べて置いて」
「今寝ぼけた事言ってる自覚はある?」
「えーだって気になるじゃん、雨の日に見てたから知ってるんだよ、この拠点情報とか本とかは結構あるでしょ?私触れないからエミイちゃんが代わりに……ね?」
エミイは少し考え、自分がこの話をどこで聞いたか気になっていた事もあり、渋々頼みを受ける事にした。
「貴女の話については気が向いたら調べておくから、今日はもう帰るわ、流石に眠気が……」
「えー残念……結局私の話ばっかりじゃなかった?エミイちゃんの話もっと聞きたかったなあ」
「はぁ……続きはまた今度ね、できれば昼に来て頂戴……いえ、やっぱり駄目、虚空に向かって一人で喋るところを見られたくないわ」
グラは頬を露骨に膨らます。
「ぶーぶー、じゃあいつ来ればいいのよー」
「……また雨の日の夜、任務がなくて起きてたらここに来てあげるわ」
「雨の夜……うん、うんいいねそれ!友達との約束って感じ、じゃあまたね!ばいばい!おやすみ!」
足のない幽霊少女はそのままうきうきの表情で窓から飛び出した。
エミイがそれを追って窓の外を見ると雨はいつの間にかすっかり晴れていて、欠けた月が辺りを薄暗く照らしていた。
「……あの子、『起きてたら』ってところ忘れてないでしょうね、任務も……まあ、雨ならどちらにせよ雨宿りに来るみたいだし、いつかまた会うでしょう、他の話し相手ができるまでくらいなら、付き合ってあげなくもないわ」
その後すぐ、エミイは自室のベッドにたどり着いた。
同室の3人の寝息が聞こえる。
時間にしては十数分程だったが、エミイはすっかり恐怖心を忘れ、グラとの会話を思い返すだけの余裕があった。
(……私に幽霊とはいえ純人の友……いえ、知り合いができるなんて……短い期間で私も丸くなったわね……コルのせいかしら、別に元々『嫌い』なだけで『恨んで』は無かったけど……)
ベッドに潜り込み布団を被って目を閉じる。
(グラ……あの子になら私の『血』の話も……いえ、やめておきましょう、話しても聞いても面白い話でもないのだし、これからも……誰にも話すべきではないことだわ)
エミイは彼女だけが知る昔に思いを馳せながら眠りについた。
その夜、エミイはもう悪夢を見なかった。
翌日。
「ああそうオリセ、昨日の幽霊は殴れないって話、あれ嘘だったわ」
3人の前でそう言い残しエミイは部屋を出た。
「……そうだったか……すまない……」
「はえー……あ?なんでエミイそれわかったんだ?」
「ねえラニ、昨日夜中に部屋の外に出たか?」
ラニが首を横にふる。
「じゃあ昨晩夜中にエミイが部屋の外に出てく音がしたんだ、もしかして……昨晩『試した』んじゃ……」
「……エミイが無駄な嘘をつくとも……思えない」
「とするとよ……いたのか?殴れない奴が……倒せない奴がよ……」
ラニとオリセが幽霊の怖さを理解した瞬間だった。
その後、昨晩の出来事を語ろうとしないエミイを前にどうすればいいか分からなくなったラニは、バハメロの元に足を運び、とりあえず格闘術を鍛えることにした。
ラニの想定する幽霊を倒せるまで鍛える間に、バハメロとの組手で道場が半壊したのは言うまでもない。




