宙を舞うグラちゃん
クムル達との廊下修理をその日中に終わらせ、コルとラニは自室に帰った。
その日の夜は激しい雨が降っていた。
この部屋は普段、天井から下げている魔術灯を使えば夜でも普段通りに活動できる。
それでも今、手元と対面に座っている人影程度しか見えないのは『雰囲気作り』のために、あえて蝋燭一本だけを灯しているからだ。
「――そして瞬きをしたその瞬間!少女の首吊り死体から毒虫が……!」
「……そうか」
「まあ死体に虫がつくのは変なことでもないだろ」
「うん、ラニが聞きたいって言うから話したけど、やっぱ君達怪談で怖がるタイプじゃないよね、知ってた」
コルは蝋燭の明かりを消し、暗闇の中手探りで魔術灯を灯す。
「死体に収まる程度の虫なら、毒があっても勝てるだろ?」
「まあそれもそうか、じゃあ一個前の幽霊は?触れないってことは攻撃が効かないだろう」
「……霊は本当は素手であれば攻撃できると……噂に聞いたことがある……真偽は定かではないが……」
「じゃあ私なら勝てるってことだ、まあ幽霊とか見たことねえけどな!」
「ラニとオリセは怖いものなしだなあ……エミイも全然動じてなかったしやっぱみんな強……エミイ?」
コルは魔術灯で部屋が明るくなって初めてエミイの座っている方を見た。
そこには飾られた人形の様に優雅な姿勢のエミイがいた、コルの想像通り表情一つ動かしていない。
むしろ動いてなさすぎる。
「……エミイ?」
「何かしら?」
声もいつも通りだが目線が合わない。
「……エミイさんもしかして怖――」
「は?全然?さっき二人が言ったでしょう?幽霊も毒虫も倒せるのよ?なにも怖いことなんてないのだけれど?」
ようやく動き出したかと思いきや、今度はものすごい剣幕で問い詰めてくる。
コルは軽く察した、その上で自分の話を怖がってくれた事に喜びを感じ、ついつい悪戯心が芽生えてしまう。
「じゃあラストに俺とっておきの話してもいいよね、今日シーモ達からも大絶賛だった、一番怖い話なんだけど……」
「……今日は遠慮しておくわ、別に怖い訳ではないけど?夜も遅いし、貴方とエミイは一日中歩き回ったのでしょう?休暇を貰ったばかりなんだから休むといいわ、ええ!今すぐに!」
「そ、そうしようか、二人も幽霊戦のシュミレーションは明日にしな?」
エミイの尖った目つきから引き際を悟り、四人は明かりを消してそれぞれベッドに潜り込んだ。
その夜、エミイは虫の登場する悪夢を見た。
見上げるほど巨大な虫でも無数の小さな虫に集られる夢ではない。
ただ特別なことのない、どこにでもいる一匹の虫に延々と追いかけられる夢だった。
「……!」
その虫が足に飛びつく寸前で目が覚める。
(……正直こうなる気はしてたわ……最悪よほんとに……)
念のため布団をめくって足元を確認する。
虫はついていない。
安堵したエミイは部屋を区切るカーテンを恐る恐るくぐり、廊下の先にあるトイレへ向かった。
「……怖くない……怖くないわよ……別に虫なんて踏み潰せばいいんだわ、幽霊だって殴れるらしいもの、何も怖くない……」
雨風の音と床の軋む音がいつもより鮮明に聞こえる。
トイレから出たエミイは後悔していた。
目の前には不気味な音を立てる廊下が続いている。
「我慢してベッドにいるべきだったわ……」
「でも漏らすよりましだよ?」
「ええそれはそう……」
いつの間にか、隣に純人と思わしき少女が立っていた。
エミイは驚きのあまり足から力が抜けてその場で尻餅をついてしまう。
「あ、あな、貴方一体……」
「あれ、見える人?やった、初めて話せる人が来た、でももしかして怖がりさん?」
「こ、怖くなんて……!」
エミイは混乱しつつも『幽霊は殴れる』という情報を思い出し、なんとか立ち上がって目の前の少女に平手打ちを仕掛ける。
が、その手は空を切り、力の入り切っていない足がもつれて再び転んでしまった。
「……く……オリセ明日覚えてなさいよ……」
「殴りかかってくる系の人には見えなかったのに、ちょっと意外かも、あ私は……んー大した名前とかないからグラちゃんって呼んで?」
「……貴女幽霊なの?」
「多分そう、ず〜〜っとこの森の辺りをふわふわしてる、ずっと前から雨の日はここで雨宿りしてるけど、私が見える人は初めて!握手しよ?触れないけど」
「……幽霊なのに雨宿りするの?濡れないのに?」
「それは気持ちの問題……って私ばっかり質問されてるじゃん、そろそろ名前教えてよ、前に来たときいなかったってことは新人さん?」
「……エミイ、ええそうよ新人……」
エミイは目前の少女への恐怖感が薄れ始め、足に力が戻り立ち上がることができた。
寝間着の裾を払い、改めて少女を凝視する。
存在を意識するほど鮮明に映るが、そうでないとみるみる透けていく。
そしてかなりの薄着にも関わらず尻尾等が見つからない事から純人の霊であるとわかる。
「恥ずかしいけど、もっと見ていいよ?見られるの久しぶりだから」
「……どうして私には貴女が見えるの?私今まで幽霊なんて見たことないわ」
「私にもわかんないけど、細かいことはいいじゃん、お話しよお話!もう数え忘れるくらい長い間人とお喋りしてないの!」
グラはエミイの周りをふわふわと旋回する。
「もし誰かに見られたら私は宙に向かって独り言を呟く女になるわけだけど、わかってる?」
「お願い!朝までとは言わないから、せめて雨が止むまで!」
「……あーもうわかったわ、私だって寝たいから、少しだけよ」




