ある亜人の回想『目』②
7日に1度、目隠しをしたシーモがマユラの作った果実スイーツを食べ、感想を述べる。
ただそれだけの時間だったが、シーモにとっては他の何にも変えがたい幸福な時間となっていた。
「今日はどう?隠し味も入れたんだけどわかるかな?」
「……甘い、そして隠し味はミト密だ、甘さを抑えられててちょうどいい、でも隠し味のつもりなら隠れてないから駄目」
「一言一句言われると思ってた、でもいつもより好評ね、今日良い顔してる」
「見えないだろう」
「お口は正直ってね」
マユラが自分の口を指差す。
同じ場所に触れると表面に塗られていた密がついていた、すぐさま指で拭って口に押し込む。
「そろそろ一年くらい?まだ目を見せてくれないんだね……あれ?っていうか今のジェスチャー見えてなかった?」
「ああ、魔術だ」
「へー魔術ってそんなこともできるの?」
「……説明してもわからないと思うぞ」
「それは確かに、でもそっか……目隠し、外す気ないんだね……」
二人はそれなりに会話をしたが、不信の証という名目で始めた目隠しは、実は亜人であることを隠しているだけ、とは未だに明かせずにいた。
「……それより、あの男とは最近どうなの」
誤魔化すために話題を変える。
『あの男』とはこの時間仕事に出ている、マユラと同棲中の男の事だった。
マユラとシーモは試食会の最中に身の上話をする程度の仲にはなっていた。
勿論シーモが身の上を話すことは決してなかったが。
「ええ〜?気になる?シーモくんすっかり恋バナも好きになっちゃって〜、その上お菓子も好きとかかわいいねえ」
誤魔化すために降った話題だったが、正直マユラが惚れた男の話をしている時は、実際とても楽しかった。
「その事で報告なんだけど……実は……彼と結婚する事になりました……へへ……」
「へー……え!?本当!?」
動揺の余りフォークを落としかける。
マユラは恥ずかしそうに頷いていた。
「ついにあの鈍感髭野郎から?」
「うん、でも彼ったら、プロポーズの時めちゃくちゃ緊張してて、間違って指輪を右手の薬指にはめてくれたの」
「っっっはぁ〜………かっっこわる……」
無意識に大きなため息をついてから、今の自分を客観視し、平静を装って再度椅子に座り直す。
「それでよかったのか?」
「うん、そういうとこがいいの」
「ふーん……」
「……それでさ、シーモくん」
マユラが間を置いてから、落ち着いたトーンで話を始める。
「シーモ君のおかげでこのお菓子をいつでも販売できるようになった、まずそれにありがとう」
「……別に、食べたかっただけだし」
「はは、初めて会った時と比べて素直になったね、でね?販売もだけど結婚の事もあるし、忙しくてこういう機会が作れなくなりそうなんだよね」
「……ああ」
突如幸福な時間の終わりが告げられる。
シーモも薄々感づいていた、この時間は永遠ではないと。
「……でもね!いい年して子供にこういうのも変な感じするけど、シーモ君とはもう友達だし、これからもお喋りしたくて、でもその前にさ……その、君のご家庭について、そろそろ聞いてもいい?」
「……ゴカテイ?」
「お家、初めて会った日からずっと裸足で、私がいくつか服あげるまでずっとボロボロで、教えるまでフォークの使い方も知らなくて、この街にそんな子供がいたら不思議に思うでしょ」
シーモはこのまま話を聞いていると何かまずい気がして、一刻も早く逃げ出したくなった。
しかしまだその悪寒が勘違いである可能性を捨てきれず、椅子から立ち上がることができない。
「だからごめんね、調べたの、私実家がちょっとお金持ちだから、君、この街の人じゃないよね、でも近くの街も子供一人で往復できる距離じゃない」
冷や汗が止まらない。
「シーモ君、色々隠してるのは知ってるけど、困ってる事があるなら教えて、私達が助けになるから」
(亜人だって気づいた訳じゃない……?ならまだなんとかなる、甘味は十分堪能したしもうここらが潮時……)
そう考えたのも束の間、次の瞬間にはマユラとの楽しい時間がよみがえる。
シーモはマユラが気に入っていた。
恋のようでそうではない、母性もしくは恩義を感じていた。
その気持ちから逃げることができなかった。
シーモは目隠しを外す。
約一年ぶりに見るマユラの表情はとても驚いていた。
「そうなるよね……特別不気味だろう、『足りない』のは」
シーモは悪魔系の亜人、本来尻尾と翼を持つのが悪魔系だが、シーモは翼を持たない。
その代わりの特徴として、大きな1つ目を持っている。
「これは、所謂通すべきスジっていうやつだから、ちゃんと見せる、これが尻尾」
「どうして泣いてるの?」
「……バレたく、なかった、から」
「私は別に、君が亜人でも友達のままだよ」
「マユラは、優しいから、そんなことが言えるんだ」
その日、泣き止んだシーモに対して『またいつでも遊びに来てほしい』とマユラは何度も伝えたが、シーモはそうしなかった。
具体的に言葉にできない、ただ足取りが重かった。
そして数日後に街の近くを離れ、遠くへと足を運んだ。
それから20年以上の月日がたった。
「……フフ、昔の夢なんて、まるで物語の回想シーンみたいじゃないか、フフ、フフフ……」
シーモはあれから、時折生存報告じみた短い手紙を屋敷に送っていた。
いい機会だ、と筆を執り手紙を書こうとしたが、不思議なことに今なら会いに行ってもいいんじゃないか、と思ってしまった。
「……そうさ、今の私はいい大人、きっとマユラはなかなかのお婆ちゃんだけど、ワタシを忘れたりする様な人じゃないさ……よし……」
シーモは一人ラフム村へ向かった。
そう遠い道でもないと誰にも言わずに。
そして、シーモはしばらくノヤリスに帰ってこなかった。




