男の恋語
ラックの工房を後にしたコルとラニ、そしてクムルが壊れた廊下に辿り着くのに、5分とかからなかった。
(最初からこっちの廊下が使えてれば……って思わざるを得ないな)
そこにはシーモが木箱の上で偉そうに座っていた。
顔が半分見えないというのに、口周りだけで目隠しの下の表情が伝わるのが、どことなく鼻につく。
「フフやっぱり、ラック君が接着液を取りに行った時点で大体予想してたよ、ついでで進行を妨害しようとして、失敗し、そしてラック君の代わりに誰かがワタシを助けに来るってね」
「説明の手間が省けるよ、で、手伝うに当たってなんでこんな事になってるか改めて聞きたいんだけど……」
コルが初めにここを訪れた時には無かった魔術灯により、廊下の全貌がはっきりと見える。
見渡す限り焦げた板や煤、炭化した壁や崩れ落ちた天井の一部など、明らかにただ事ではない破壊の痕跡が残されている。
「いやなに、『爆発もまた芸術』さ」
「結構よくあることですよ」
流石のコルもこれには頭を抱え、これ以上の詮索を諦めた。
「それじゃあ作業作業、ワタシ達が修理を担当するから、ラニ君はあの瓦礫を外まで運んでくれるかい?」
「ついてきたはいいができることねえなって思ってとこだ、んじゃ行ってくる」
「!ぼ、僕も行きま――」
クムルも瓦礫を運ぼうとしたが、瓦礫が見つからない。
代わりに廊下の先でラニが、ほぼ全て抱えて外へ向かって行くのが見える。
「さっすがラニ」
「二人になるチャンスが……」
感心するコル、うなだれるクムル、そしてそれを見たシーモはニヤニヤ笑みを浮かべた。
「ははーん……フフ、まあまあクムル君、男3人仲良くやろうじゃあないか」
「ねえねえクムルくぅん、いつからだい?一体いつからなんだい?」
「近いです……なんのことですか」
クムルはとぼけながらも、ラニへの好意がシーモにバレている事に気づき顔を赤らめる。
「ワタシがそういう話好きなの知っているだろう?」
「……うう、実はついさっき一目惚れして……でもでも、無理な話ですよ、ラニさんにはすでコルさんが……」
「ん、呼んだ?全然話聞いてなかったけど」
クムルがシーモに絡まれている間にも、コルは真面目に壁に板を貼り直していた。
「手際がいいねえ、こっちもついでにやってくれないかな」
「自分の分は自分でやりなよ、それで何話してたの?」
「……コルさんが恨めしいなと」
「えっ、そんな大事な話!?」
クムルは少し笑って話を続ける。
「冗談です、えっと……そう、ラニさんって素敵な方だなって話ですよ」
「ラニが?」
「ええ、なんというか……足の先から角の先まで輝いて見えました」
「ああなんとなくわかる、全身に力が蓄えられてるみたいな感じ、かっこいいよなあ……団長に頼めば俺も……」
「コルさんは今のままでも十分魅力的なんじゃないですか、それこそ素敵なラニさんがいるくらいですし」
「おっお世辞がうまいなあ、でも俺もラニの魅力に勝るとも劣らない男になりたいんだ」
「あはは、いいですね」
「だろ」
「……ええほんとに――」
「お似合いの恋人ですよ」
「一番の相棒だからな!」
違和感を整理する為に発生する静寂、それに耐えきれずここまで静観していたシーモが吹き出した。
「えっと……え?恋人じゃないんですか?」
「え、違うけど、ラニとは相棒だよ相棒、なんでそんな勘違いを?」
「ええ……だってすごく距離が近くて……」
(狭い屋内に隠れ住んだ時期があったからかな……)
「というか『純人より亜人が好き』って言ってたので……デミコンの方なんだなあって納得してたんですけど」
「デミコン?」
「亜人性愛のことさ、『道具に欲情する変態はいない』純人の中じゃかなりの異常性癖っていうんだから、失礼な話だよ」
「相変わらず酷い話です、まあそういう目で見られるのもそれはそれで嫌ですけど……ただ普通に恋愛対象として見るくらいなら……」
「性欲で選ぶなら亜人奴隷より高くて少ない純人だってさ、だから女性の亜人より力仕事ができそうな男性亜人の方が売れるのさ、実際女性の亜人も同じくらいパワフルなのに、何もわかってないよねえ……ヘイ、コル君顔怖いよ」
指摘を受け、自分の顔が強張っている事に気がついたコルは、頬を上に引っ張り表情を和らげた。
「ごめんごめん、俺達が頑張ってその人達を開放するんだよな……こほん、俺は亜人を道具なんて思ってないし、亜人が好きな事に変わりはないけど、俺とラニは普通の相棒だよ」
そう言葉にした時、コルの胸に形容し難いモヤモヤが生まれるのを感じた。
(……?)
それが何か、コルにはまだわからない。
わからないが、己の胸の内を探る自分を見ながら、何やらニヤついているシーモに対して無性に腹が立ち、その感情はすぐに消えることになった。
「……何?」
「ンン〜〜?恋バナってやっぱり楽しいなあって思っただけさ」
「今の恋バナなのか……純人の酷い話とラニの話……クムルお前そういうこと!?」
「今気づいたんですか!?っていうか忘れてください!僕ばっかり恥ずかしいじゃないですか!」
「フフフ、そう言わずに、もっと詳しく聞きたいなあ、ラニ君のどこに惚れたとか、さっき2人きりになれたらどんな話したかったかとかさあ、コル君に聞かせてあげてよ」
「なんで俺を強調した?シーモが聞きたいだけだろ」
「そうだ!それなら次はシーモさんの番ですよ!気になる女性とかいないんですか?」
「おっ、いいね、シーモは古株だし団員と幅広く仲いいって聞いてるから、一人くらいいい感じになったり?」
クムルは意図的だったが、コルは自分にヘイトが向かないよう、無意識のうちにシーモへの攻撃に参加した。
一瞬で二対一の構図が出来上がる。
「……」
「……シーモ?」
シーモはどこか遠くを見ていたが、コルとクムルは目隠しで目線が読み取れないため、それを知ることはできなかった。
「フフ、君達、ノヤリスの怪談話を知っているかな?」
「露骨に話そらしたし意味深な間の後にするには怖いし実際気になる!」
シーモの自然(?)な導入から突如始まった怪談話大会は、そこそこに盛り上がった。
優勝は意外にもコルの『ラニとの逃亡中に見つけた赤い花』の怪談で、今大会で一番被害を受けたのは、唯一ホラー耐性のないクムルだった。
怪談はラニが戻るまで続いたが、話に夢中で作業がさほど進んでいない事に気づき、廊下の修理が完璧に終わる頃には、食堂から夕飯の匂いが流れ始めていた。




