罠を越えても
ラニは拗ねたミクノに手を引かれ角を曲がった時、直感的に足を止めた。
具体的な理由はない、ただこのまま先に進むと良くないことが起こるという感覚がある。
ラニとはまた違った感覚が働いたのか、ミクノも同時に足を止めていた。
ラニが口を開こうとした時、背中に軽い衝撃が走り、振り向くとコルが尻餅をついていたのですぐにぶつかったんだと理解した。
「あ、すまん」
「いってて……どしたのラニ」
「いやな、なんかやな予感すんだよなあ、なあ先輩」
「ん、ミクノもね、なんかおかしいきがするの、なんだかね、まえとちがうみたいな……そんなきがするの」
「俺にはよくわかんないけど……幽霊でもいるとか?」
「んー、そういう感じじゃねえな、どっちかっていうと……クムル、さっきのコインまだあるか?」
ラニは不思議そうな表情をするクムルから赤色コインを受け取り、それを廊下に放り投げた。
コインはチャリンと音を立て床に落ちる、そして少し転がった後、勢いを無くし表向きに倒れる。
次の瞬間、どこからともなく槍が突き出し、コインを貫いた。
「!?」
「やっぱり、罠か」
「なんたってこんなとこに……いや、俺達対策か……」
「だろうな、侵入者撃退にしちゃ遅すぎるだろ、で、どうする?もうここしかないんだろ?」
まだ拗ねているのか、渋い顔でミクノは頷いた。
罠の貼られた廊下の先にある部屋。
ここは錬金術の工房になっていて、大きな釜や壁にかけられた薬草が至る所に置かれている。
部屋の中心の机に、複数置かれた三角形の置物の一つが粉になる。
それを見て、男は兜の奥で不敵な笑みを浮かべる。
「ククク……まず一本、短い廊下だけど罠を張るには十分だよね、避ければ次にかかり、受ければ受けたですぐに追撃が飛ぶ用に張ってある……罠を解除しながら進まない限り無事では通れないのよね!」
男は数秒前まで小さな置物だった粉を紙で救い、これまた小さな瓶に詰める。
「……次が発動しないあたり、無闇に突撃する脳筋ではないのよね、相方のほうが団長と反りが合うって聞いたからそう来ると思ったけど、まあミクノちゃんがいる以上無理にも進めないよね」
男は更に粉を詰めた瓶に黒い液体を注ぎ、蓋をして棚に置く。
そのまま机に視線を向ける、最初の一つが粉になってから他の置物に変化はない。
「……帰ったかな」
「よく気づきましたね、今帰りましたよ」
「わっ、なんだクムルか……おかえり、とはいえ僕も少し前に戻って来たのよね、廊下修理に使う接着液を取りに来たついでにクレーマーを追い返し……待ったクムル、どうやって工房まで帰って……?」
「……やっぱりクムルがいたのは想定外か、どうも、はじめまして」
扉の影から様子を見ていたコル達3人が工房に足を踏み入れる。
「!」
男は兜で表情が見えずともわかるほど、明らかに驚いた後、すぐさま深呼吸をし、冷静を装う。
「な、なるほどだよね、錬金術を知らねば解除もできないだろうと思ってたけど、錬金術師が同行しているとは考えてなかったよね、詰めが甘かったし、クムルの成長も素晴らしいね」
「師匠落ち着いてください、兜ズレてますよ」
「……君が……コルトリックだよね」
男は兜の位置を直し、警戒心を剥き出しにしつつ名乗った。
「僕が君の探している錬金術師、ラックだ」
「なんか全部筒抜けって感じだ、名前はともかく探しているのも気づかれてたなんて……」
「ここまで来てしまっては仕方ないよね……さあなんとでも言うといいよ、次に活かすから、ちょっと落ち込みはするけど……」
「師匠師匠、実はそれ勘違いで――」
クムルがラックにクレームではないことを説明したが、ラックは頑なに疑い続けたので、理解を得るのには少し時間がかかった。
「まだ正直信じがたいよね……あの鈴はあんまり自信作じゃないし……」
「便利に使えそうだとずっと思ってるんだけど、これは『振り回して起動』『最大四人と同時通信』『また振り回して終了』っていう使い方であってる?」
「……起動と終了大まかにはあっている、使おうと思うことが前提だけど、でも『最大四人同時』ってのは少し違って正確には『四人同時』なんだよね」
「一人や二人はできない?」
「そう、そして所謂『通信拒否』はできない、どんな状況でも誰かが通信を始めればその声が流れる、他にも音量の調整ができないとか、たまに雑音が入るとか、課題は山程あるのよね……」
「なるほど……ありがとう、これはこれからも渡り月で使わせて貰っていい?」
「……まあ好きにするといいよね、それよりさ……さっきから君の連れが……」
「?」
コルが振り向くと、そこにいるのはいつも通りのラニとミクノ。
いや、いつもよりラニの眉間にシワが寄っている。
「……どしたの」
「鈴すげえってのはコルがずっと言ってた、だからそれはいいんだが、こいつのあの罠、あれは『攻撃』だよな?団員同士でそーいうのは駄目だって、私は聞いたぞ、こいつはコルを認めてないんじゃないのか?」
「それは……」
その場にいた全員が言葉に詰まる。
最初に口を開いたのは他でもないラックだった。
「……そうだよ」
「!」
「僕ぁ君のことが嫌いって言ってんじゃないのよ、ただ『純人』が苦手だってんのよ、いくら味方だとしてもね」
「最終的に……純人と亜人を対等にするのが、ノヤリスの目標じゃないのかよ」
「……対等になった後、僕が純人と関わらず自由に生きるのは、誰も止められないのよね」
この場で一番不快な思いをしていたのは、心の奥底にある嫌悪感を意識してしまったラックでも、その嫌悪感の矛先を向けられたコルでもなく、ラニだった。
ラニはラックの今の感情を知っていた。
全ての純人を嫌っていた時期と、コルを心の底から信じられるに至った時期の、その中間。
言動から明らかになる、『彼は味方である』という事実を受け入れたくても、過去の経験全てがそれらを否定する。
おそらくノヤリスの団員ほぼ全員が同じ感情を乗り越えた、もしくはまだ越えられていない問題だろう。
納得はできない、しかし理解できるが故に、ラニはこれ以上強く出ることができなかった。
「……俺は――」
コルが口を開こうとした時、ミクノが割って入るように歩いてきた。
「おじちゃん、コルにいはいいひとだよ、きょうもね、ミクノがちょっとあぶなくなったとき、いっつもすぐにまもろうとしてくれたの」
「……ああ、噂で聞いてるよ、そういう人だって」
「ラニねえからも、ナノねえからもたくさんコルにいのおはなしきいてね……そう、おじちゃんみたいに、すごいどうぐをつくれるんだよ」
「……ミクノちゃんあのね、僕は――」
ラックはミクノを止めようとしたが、その顔を見て、つい呼吸を忘れてしまった。
ミクノは静かに泣いている。
「……おじちゃんとコルにいがなかよくないの……やだ……」
「あ……いや、ちょっと怖かったよね、ミクノちゃんごめんね……」
「……いや私も、その……悪い……」
ラックはミクノを撫でながら落ち着いて話を続ける。
「ミクノちゃんはみんな仲良しがいいのよね?」
「ん……」
「……もうしばらく時間がほしいんだよね、この機会に、僕も頑張るからさ」
「……ん」
数分後、泣き疲れたミクノを工房の隅にある小さなソファーに寝かせ、コルが話を続ける。
「……ラック、俺は純人だけど、正直今は純人より亜人のほうが好きだ。だから仲間だ、とは言わない、俺はこれからもこの組織で頑張るから、仲間だって思ってもらえるように頑張るから、その時また俺と話をしよう」
「……ああいつか、ね……クムル、悪いけどあっちの廊下の修理変わってほしいのよね、僕はミクノちゃんを帰してくるよ」
「はい、了解です、接着液持っていけばいいんですよね」
「俺も修理の方手伝うよ、手先の器用さには自信があるからさ、さっそく頑張らせてもらおうかな」




