純粋な人
遭難3日目の夕方
協力関係を築いたコルとラニ。
かたや生きることに不自由ない程度には裕福な家で育った純人間。
かたや幼き頃から逃亡とサバイバルを繰り返した亜人。
亜人は出来損ないだ、罪有る魂だと伝えられ見下す者がほとんどの純人間。
そんな根も葉もない話で命を追われる者がほとんどの亜人。
とてもうまくやっていける訳が無い。
無いはずだったのだ。
「おいそこ、崩れるぞ。」
「え、おおお!?」
コルの踏んだ土が静かに崩れる、その瞬間に数十歩は先にいたであろうラニが手を掴みコルは転ばずに済んだ。
「さんきゅ…いや、崩れるってわかってんなら先に言ってほしかったなあ!?」
「あ?見ればわかると思ったんだよ、あー悪い悪い」
ラニがニシシと笑う、それを見たコルも「ったくもう」と呟きつつも顔がにやけている。
何故二人が笑顔でいられるのか、それは二人が出会った次の日まで遡る。
遭難2日目
二人はいつの間にか火が消えていた焚き火の残り香でほぼ同時に目が覚めた。
朝の挨拶を簡素に済ませ、すぐに立ち上がる。
「さあてと、ラニって言ったっけ、残念だけど朝ごはんはない……」
振り返るとラニがかつて飛んでいたであろう肉を抱えて睨んでいた。
「……コナギ鳥の鳴き声がしたから落として来たんだが、朝飯、いらないのか?」
「……ください」
丸一日何も食べていない体に鳥を一瞬で取ってきた方法や過程などを考える力は無かった。
コルはすぐに火をつけ直した、残り少ないマッチで。
腹を満たした二人は森を抜けるために次こそ動き出した。
「どうしたもんか……明るくなれば道がわかるかと思ったのに…全くわかんない……」
「少し待ってろ」
そう言うやいなやラニは木を登っていく、凄まじい速さだ。
「なるほど上から見ようってか、にしても早い早い……」
言い終わる前にラニが軽やかに降りてくる。
「こっちだ、ついてこい」
それからも木の根を掴んでよじ登ったり大きな穴を飛び越えたり。全てラニが先導し、コルを引き上げる。
「俺はどうやってこんなとこまで迷いこんだんだか……」
と休憩中のコルが考えると同時に別の疑問も生まれる。
先程からこちらと目を合わせないようにしている亜人についてだ
「なあラニ」
「……なんだよ」
「なんで俺の協力を受けたんだ?ラニなら一人で森を出れたんじゃないのか、というか亜人ってもっとひょろくて性格も弱々しいもんだと思ってたんだけど、なんというかだいぶパワフルだよね」
今までラニのような亜人を見たことがないコルの純粋な疑問だった。
「…ラニ?」
ラニは小さくため息をついた。
「一個づつ質問しろ、まずなんで協力したか、怪我と鎖の借りの分返すだけだ、それと…」
ラニは足を止めていた。
「それと2個目だがな、亜人ってのは本来お前が言うほど貧相なものじゃないんだよ」
声が震え始め、抑えていた何かが漏れ出すように言葉を繋げる。
「私は逃げてる間に何人も亜人を見た、私と同じ角の亜人であっても翼の亜人であっても、本来ただの人間より優れた力がある、腕力であれ技量であれだ」
とぎれとぎれのラニの言葉から徐々に感情が溢れ出す。
「亜人はひょろくて弱々しい?馬鹿言うなよ、お前ら純人が『人並み』に扱ってないからだろ……!ろくなもん食わせてないからだろ……!食ってないやつが力出せるわけないだろ……!」
軽い気持ちで聞いたコルに取ってはとても衝撃的だった、魔力炉で炊いた湯のように一瞬で怒りが沸点に達したかと思えばそこから出る怒号は全て正論だったからだ。
そう、誰も考えもしなかった、亜人が自分達より強いなんて。
数で囲んで疲弊させた所を捕まえて、長い監禁の末、良くて召使い、悪くて奴隷としてこき使う。
コルはこの20年で数回しか亜人を見たことは無かったがそれらは全て心も体も疲れ切っていたのだ。
抵抗する気力すらも無かったのだ。
怒りのピークを越え静かに涙を流すラニを前に、コルは自分の考えの誤ちに気がついた。
とたんに罪悪感と反省の気持ちで胸がいっぱいになる。
これまでの人生で得た亜人に対する偏見はこの数時間で、ラニの力強さを見て、そしてこの数秒で亜人の言葉を聞いて、全く逆なものへと変わっていた。
「……ごめん……」
「お前が謝って……なんになんだよ……」
コルは俯いたまま真剣な顔で話す。
"人間"から"亜人"に。
「なんにもならない……俺がいくら謝っても反省しただけじゃ、亜人の生き辛さは何も変わらない。」
「このっ……!」
「でも」
再び怒りを顕にしそうになるラニの言葉を遮り続ける。
「でも、少なくとも俺は、お前を、ラニの気持ちを傷つけた、それにだけでも謝らせてくれ」
コルはすまなかった、と深く頭を下げる。
ラニは口からでかけた言葉を押し込んで、深呼吸をした。
「……わかった、それは許す、私はもういいから、顔上げろ……私こそ感情に流された……悪い癖だ……」
重い沈黙が流れる。
数秒後、先に動いたのはラニだった。
「……純人がみんなお前みたいに素直だったら、私らも堂々と街を歩いたりできるんだろうな」
「そうかもな、今から全員そうなったとして、全員が頭を下げたとしても、許されることじゃないだろうけど、それでも心から謝って、そして態度を改めるべきだと思う」
少しの沈黙の後ラニが微笑む。
「フッ……ほんとに素直だな、お前、怒鳴られて本当に反省したのか、子供みてえ」
「勘弁してくれ、俺もう20なんだよ、そっちこそ怒ったと思ったら泣くし次は笑うしで感情の振れ幅が子供だぞ」
「泣かしたのは誰だ?あと私22」
「はい、ごめんなさい」
3度目の沈黙
「くっ……」
「「ははは!!」」
肩を組んで笑い合う、二人は純人も亜人も、性別すらも考慮して無かった。
時間にすればたった一日、その一日でお互いを知り、喧嘩をした、それだけで二人の間には友情が芽生えていた。
人だ亜人だという壁はその程度のものだったのだ。
この世界でそれを知る者は、まだ少ない。
そして次の日、遭難3日目へ至る。