閑話 恋する犬は花を持って
任務を終えた渡り月が揃って深く眠っている一方。
情報部隊『弾犬』の隊長にして団員番号2番、形式上のノヤリス副長、ロナザメトの朝は早い。
身支度を終え、愛用の眼鏡を磨いて着用する。
視界が鮮明になると同時に今まで気の所為であって欲しいと敢えてスルーしていたそれも、くっきりと形になる。
「やあロナザメトくん、いい朝だね」
「今この瞬間最悪になりましたがね、なんの理由があって、どういった手段を用いて、そしていつから僕の部屋にいたかすぐに説明をしてもらうぞ、シーモ」
「ついさっきさ、珍しく早起きして暇だったもんでね、手段は……フフ、ナイショ」
シーモは人差し指を唇に当てて大げさなポーズを取る。
「癪に障るから今すぐやめてください」
「なんだよつれないなあ、暇過ぎてちょっとなら仕事手伝ってやろうかなあと思ったのに」
「……僕が昨日夜遅くまで使って全て片付けたのを知ってて言ってますよね」
「もちろん、それよりいいのかい?『彼女』が起きちゃうよ」
「!クソッお前のせい……コホン、僕は急ぎますので、話は後ほど」
ロナザメトはシーモを睨みつけ部屋から引っ張り出した後、慌てて中庭へと向かっていった。
拠点の中庭、ここにはロナザメトの管理する大きな花壇がある。
ロナザメトは週に一度、並ぶ花の中から一際綺麗に咲いた花をいくつか摘み、それを食堂の入り口付近にある机に飾る習慣があった。
「ふう、間に合った……」
「ん〜今日も綺麗なお花だね、愛がこもった赤、素敵じゃないか」
シーモが花を眺めていると、静かな早朝の廊下から、一人の足音と鼻歌が聞こえてくる。
「まずいですね……行きますよ」
花を飾ったロナザメトはシーモを引っ張りすぐに食堂から飛び出し、少し離れた場所に身を潜めた。
メイド服を身に纏った赤毛の女性が食堂の前に現れる。
「リンさん……今日も可憐だ……」
「あら〜お花が……今週も早起き勝負に負けちゃったみたいね〜?来週こそは負けないんだから」
そう言ってリンは花瓶の花に微笑みかけ、特徴的な悪魔の尻尾を上機嫌に振りながら厨房へ入っていった。
「天使……尻尾揺れるの可愛すぎます……」
「うわあ普段理知的なロナザメトくんがわんこになってる……そういう君も尻尾ブンブンだけど」
「ハッ……し、失礼」
「毎週毎週朝早くからよくやるねえ、これが恋の力……素敵じゃあないか」
ロナザメトは咳払いで顔の熱を収めた。
「あの笑顔だけで僕はもうたくさん頑張れますから」
「まだちょっとアホになってるよ、そんなに好きならそろそろもっと直接的なアプローチも考える時なんじゃないかい?」
「それもそうですが……」
「なんだかんだで創設からの付き合いなんだしさ〜」
「し、しかし、僕も今は忙しいので……」
「でも昨日大体の仕事が片付いたんだろ〜?絶好の機会じゃないかな?」
「そう、かも、しれません……よし、では決めました!シーモ、僕は今夜リンさんにこの想いを伝えます!」
「えっ、煽っといてなんだけどぶっ飛びすぎじゃないかい?」
「いいえ、伝えるだけならただですから、当たって砕けろの精神は確かに必要かもしれません!」
「フフ……恋は人を狂わせる……ね……」
「部屋に戻って作戦を練ります、仕事が少ない今のうちに!勿論手伝って頂きますよ」
「フフフ……逃げる前に首根っこを掴むのはやめてほしいな」
この頃のロナザメトは知らない。
熟睡から目覚めた渡り月からの報告書が、最終的に調査案件の山となり、再び書類の山との格闘が始まる事を。
そうして正気に戻った時に自分の考案した『超絶ラブレター大作戦』に悶絶することになるのも。
まだ知らない。




