モグラの巣には針千本
狭い一本道を小走りで進む、コルは何度も転び、壁に体をぶつけ、エミイの予想通りあちこちに痣を作っていた。
道は奥に進むほど明るくなっている。
「光……外に繋がってるのか?」
「ロープで降りてから上に進んでない、まだ洞窟のはずよ?」
光の中からは大きな音が聞こえてる。
コルが足元が見える程度に明るくなったのを確認し、擦りむいた膝の痛みを堪えて走り出した。
「なにこれ……」
想像よりも下へ進んでいたという事実を、見上げるほど高い天井が伝える。
そこに広がっていた光景は、不思議、としか言いようが無かった。
ここが地下だと忘れてしまいそうなほど広く、そして明るい。
そして何より不思議なことに、そこには家があった。
様々な大きさの岩や遺跡のような瓦礫が立ち並ぶ中、何の変哲もない家がぽつんと一つ。
「二人はここにいるわ、ぽかんとしてる場合?」
一本道から遅れて出てきたエミイは、痣だらけのコルと違い、いつもと何一つ変わらない様子だった。
「そうだ、ラニ!オリセー!どこー!」
家の裏から物音がする。
「……!二人共無事で――」
しかしそこから出てきたのはラニでもオリセでもなく、ましてや人型の生き物ですら無い。
それは家と同じくらいの巨大な異獣だった。
「うおおお!?」
「おまっ……!避けろコル!」
どこからともなく飛び出してきたラニに手を引かれ、間一髪で異獣の爪を回避する。
ラニはそのまま空いた片手でエミイも掴み、オリセが手招く岩陰に隠れた。
「ありがと……とりあえずよかった二人共無事で」
「静かに、あの異獣はあんまり目が良くねえから隠れて静かに喋ればしばらくバレない……どうしたその痣」
「それはただぶつけただけよ、それより貴女達だって血が出てるわ、軽く治療する間に状況を報告して頂戴」
「……自分達の道はずっと下り坂だった、ここまで特に何も無かったが……あの家に入ろうとした時家の裏からあの異獣……道中にいたモグラの異獣の……巨大版だ……」
「棘の数も今までのより多い、ハリネズミと何が違うんだよあれ、あちなみに光で目潰し作戦はあいつには効かなかったぞ」
「そういえばなんでここだけ明るいの?」
「わかんね、でも見た感じ天井自体がちょっと光ってるような、そういうコケとか草でもついてんじゃねえの?」
「そう、大体わかったわ、あれは倒した方が……いいのかしら……」
「……そう思って私達で戦ったんだけど、私の拳やオリセのナイフは針が邪魔で踏み込めないし」
オリセは異獣の特徴をメモに書き写し渡した。
それを受け取ったエミイが顔をしかめる。
「『腹部には棘がないため弱点』?ここまでわかっているなら飛び道具でなんとかならないの?」
「……あの異獣は詠唱を始めるとすぐにラニを無視して自分に向かってきた、そして見た目よりも素早い……魔術で致命傷を与えるのも難しいだろう」
「うーん」
四人揃ってため息をつく。
「ひとまず簡単に治療したわ」
順番を最後に回されたコルの痣がエミイの魔術によって消える。
「魔術……そういえばあの異獣は目が良くないってラニ言ったよな」
「言ったぞ」
「オリセは詠唱を始めると向かってきたんだよね」
「……あの視力であの反応速度は確かに……妙だ……」
不意に現れた小さな謎に首を傾げる。
その謎に対してすぐさま答えにたどり着いたのは、意外にもラニだけだった。
「魔力を感知したとか?」
「……魔術は魔力を束ねる技な訳だから、攻撃のために詠唱を始めたらすぐに気づかれる、辻褄が合うわ」
「ラニ冴えてる〜!」
「へっ、そんな褒めんなって」
「……待ってくれ、どんな魔術でも魔力を扱うのは同じだ……魔力察知があるんだったらエミイの治療魔術も……」
「……」
ラニが岩陰から顔を覗かせ、自分たちを見失ってあたりを見回しているはずの異獣がいたところを見る。
オリセの想像が的中した、モグラの異獣はまっすぐこちらを見ている。
「おいハリネズミがこっち見てるぞ!」
「だからあれはモグラよ!」
問答をする間もなく隠れていた岩が崩される。
土煙と共に放り出された四人はあたりを見回したが再度隠れることができそうな岩はもうない。
「全然下手したら死ねる破壊力……これはもう逃げらんないか、もっと作戦とか対策とか用意したかったけどさすがにそんな余裕なかったなあ!」
「なぁに、オリセと二人であそこまで行けたんだ、四人もいればなんとかなんだろ」
「……結局……作戦は……?」
「ああもう、私に聞かないで!こうなった以上全員で戦いながら全員で考えなさい!」




