穴が開く
森というのはどれも似たようなもの、木があり草があり、虫や獣がうろつく。
この森も例外ではないがただ一つ違うのはここには道があるという点だった。
一見すると気づかないが一度意識すると、巨大な木々や岩が壁となり、進む選択肢を狭めてくるのだ。
迷路の地図を持つノヤリスの団員や、ここで生まれ育った野生の獣でなければ迷い込むことすらできない、故に迷路の森。
そんな迷路を形成する壁の一つの大きな崖が崩れて現れた、これまた大きな横穴。
吸い込まれそうなほど暗い穴の中を獣が駆ける、至るところに傷跡を残しながら。
それを知る者はまだいない。
ここは名もない場所、だからまだ『森の洞窟』としか呼ぶことはできないだろう。
渡り月の4人は資料のマップを頼りに森の洞窟前まで辿り着く。
「ああもう……やっとついたわ……チッ、なんで私がこんな目に……」
エミイは苦手な虫に何度も張り付かれてイライラしていた。
「休憩するか?」
「いや、少し洞窟の中に進んでからにしよう、ここだとまだ虫がいそうだからね」
4人は洞窟の奥へと進んだ、魔術灯で照らしているとはいえかなりの暗闇にそれぞれの足音や金具のぶつかる音が反響する。
「いまんとこ普通の洞窟だが、足場がボコボコして歩き辛い、見たところ自然にできたって感じじゃねえなこれ」
「誰かが掘ったって言うの?こんな森の中の、しかも崖の中に?」
怪訝そうな顔をするエミイの後で列の最後尾のオリセが呟いた。
「……獣……いや、異獣か……」
「そういうこったろうな、コル、警戒しろ、どこから来るかわかんないぞ」
「いや、案外わかりやすいみたいだよ」
一番前を歩いていたコルが明かりに使っていたカノヒ棒を片手棍程度の長さに調整し、構えた。
黒い生き物が闇に紛れて進んでくる、姿は見えないが凄まじく俊敏なことだけを全員が理解し、それぞれ戦闘態勢をとる。
「来るわ、まずはあれが何か確認して、いざとなったらできるだけの援護はしてあげる」
「あいよ……っと」
すぐさま前に出たラニが、暗闇から飛び出してきた生き物を素手で掴む。
「いっ……!」
そしてすぐに暗闇に放り投げた。
「ちょっと、私確認してって言ったわよね?なんで見もしないで……」
ラニは額に汗を流しながら素早く数歩下がる、コルはラニの異常を感じ取って駆け寄った。
「……!手から血が、今の一瞬で噛まれたのか?」
「いや違う、私はただ握っただけだ、相性が悪い、そいつ触っちゃ駄目だ!『刺さる』!」
「刺さるって――」
「エミイ!後ろだ!」
エミイの背中をめがけてその生き物が飛び出してきた。
「!風、刃――」
急いで魔術詠唱を始めたが間に合うはずもなく、振り向きざまの体にそれがぶつかるはずだった。
壁に物がぶつかるような音と、ぎゆうと鳴くような声がしただけで、体には傷一つなかった。
エミイが恐る恐る魔術灯を壁に向けると、そこにはナイフに貫かれた刺々しい異獣が刺さっていた。
「……大丈夫か、エミイ」
「オリセ……これ、貴方がやったの」
「……生け捕りのほうが……よかったか……」
「いえ、その……感謝しておくわ」
「邪魔して悪いけどよ、エミイかオリセどっちか回復魔術使えないか……?手の穴塞いでくれ」
二人が目を見合わせるとオリセが首を横に振る。
「はぁ……私がやるわ、言っておくけど治療魔術は基礎的な事しか知らないから、ちょっとくすぐったいわよ、傷……光……ええと――」
「で、そのとげとげ何なんだ結局、あり得んくらい刺さったんだが」
「……恐らくはモグラの異獣だ」
「モグラぁ?モグラがこんな刺さる訳ねえだろ」
「俺もさっき同じようなこと言ったけど、異獣ならこのくらい変質しててもおかしくないかなって結果に収まったよ」
「謎だらけね……はい終わり」
ラニは手首を回して傷が塞がっていることを確認した。
「助かった……でもすげえむず痒い……」
「我慢しなさい、それよりまだ数匹いそうなモグラの対策よ、何か案はあるかしら」
魔術灯を囲んで座り込み4人それぞれに悩む。
「うーん、毎回あんな投げナイフでやれたりしないよな、そういえばオリセよく当てたねあれ、すごいな」
「……あの異獣は素早いが……攻撃してくる時の飛び込みは遅い……見えさえすれば……」
オリセが言い切る前にラニが手を叩き立ち上がる。
「そうだ、閃いたぞ対策!」
「で、その対策が『灯りの出力を上げて視界を広げる』なあたり、貴女って相当脳筋ね」
「結局それしか案出なかったんだしいいだろ」
「他に思いつかなかった自分と男二人が恨めしいわ……ああ眩しい……!」
直視すれば目がくらむほどの光を放つ魔術灯で濃くなった自分の影をふみつける。
ラニとエミイが地面や壁を調べていると少し先の暗闇からコルの声がした。
「おーい!二人共!オリセが何か見つけたってー!」
声が反響し2倍になって二人の耳に届く。
「ああもう、一発叩いてもいいかしら」
「悪気はないんだ、許してやれ」
「オリセ、これって……」
オリセが頷く、4人の前には分かれ道があり、そのうちの一つは石造りのとても小さな扉だった。
「……人工物だ」
「じゃああっちの道がモグラが掘った穴ってか?」
コルが扉を開け中を覗き込む。
「中は広いけど入り口が狭すぎる、このサイズじゃオリセが入れなそうだ」
「私も無理そうだ、角がひっかかる」
「うーんじゃああっちの道を先に……いや、ここは分担しよう、こっちは通れる俺とエミイ、あっちの道をラニとオリセで、どうだ?」
「……自分はそれでもいい」
「私もいいわ」
ラニは少し悩んだ後、軽くため息をついてから答えた。
「んー……まあわかった、コル、モグラに気をつけろよ、触ったら痛いからなほんとに、穴開くぞ」
「重みが違う……気をつけるよ、ラニも気をつけてね、オリセも」
「何もなかったら引き返してこいよー!」
ラニはぎりぎりまで後ろ向きに歩く。
コルとエミイは二人が暗闇に溶け込むのを見届けてから、小さい人口の入り口へ入っていった。




