事前準備 「鋼」と「犬」
コルは渡り月の4人が別行動を開始してすぐに開発室にたどり着いていた。
相変わらず鈍い音のする重い扉をゆっくりと開き、最大限警戒しながら中を覗く。
「ふう、前みたいに開けた瞬間爆発したらどうしようかと思った」
「あれはたまたまっすよ、いつも爆発してると思わないでほしいっす」
気を緩めた瞬間に物陰から声をかけられ、思わず飛び上がる。
「びっくりした……爆発じゃないにしても物音すらなかったからいないのかと」
「いやあ丁度一段落して暇だったんすよ、ミクノちゃんもお散歩に行っちゃったし、いいとこに来たじゃあないっすか、さあさあ座ってお茶でも」
ミクノがお茶の準備を始める、テーブルや椅子、ティーポットに至るまで全てに何かしらのギミックが仕込まれているところにこだわりを感じる。
「それはちょっと待って、今日は開発室に用事があってきたんだ」
コルはうきうきで準備するナノンを止めたことに少し罪悪感を感じる。
「……!なおさら座ってくださいっす!何用っすか!メンテっすか?改造っすか?それともまったく新しい物創っちゃうっすか!?ここではどれでもできるっすよ!?」
――しかし相手はナノンだった。
「そ、その辺も色々相談しようと思ってな、全部やりたいけどまずは任務が――」
コルは任務の内容を最低限大雑把に話した。
「あの洞窟コル君達が行くんすか、発見されたとき私もいたんすけどかなり深くて暗そうだったっす、魔術灯はいいの持って行った方がいいと思うっすよ」
「魔術灯はほんとに大事だ、うん……その辺の洞窟便利グッズみたいなのは一通り作るとして、もう一個大きな問題が」
「聞きましょう」
「前の巨大猪の戦いで俺の役割はこいつ、アロルの小銃で相手の隙を作るとこだ!って思ってたんだけど、洞窟なんて狭いとこでこんな命中精度の低い銃を使うと危険だなって、早くもアイデンティティが崩れ、他に用意してるのは爆弾とか投げナイフとかの投擲物だからこれも駄目、ということで洞窟でもし戦闘になったときに使えるものが欲しいんだ」
ナノンはテーブルにカップを置いて少し考えるそぶりを見せた。
「なるほどっすね、得手不得手ってありますし今回は他のメンバーに任せるというのも手っすけど……それはそれとして何か作りたいっすね『暗くて狭い中使えるすごい武器』ってヤツを!」
「さすが分かってる!」
「当然っす、武器開発って名目で資材ちょろまかすなんて日常……コホン、早速考えて設計図を作るっすよ!私が作ると洞窟じゃ展開できない大きさになりかねないっすから、小型化が得意なコル君のやり方を主軸に――」
結局この日、コルは夜まで『洞窟用装備』の開発に勤しんだのだった。
時間は少し遡り、資料室。
ロナザメトが先に纏めた資料を受け取りに来たエミイは、半開きの扉を2回ノックし、返事を聞く前に中に入った。
「資料を受け取りに来たわ、ついでに周辺の森についても……」
部屋に入ったエミイが見たのはロナザメトに擦り寄る目隠しをした男と、男を必死に引きはがそうとするロナザメトの姿だった。
「邪魔だったかしら?」
「邪魔……っなのは!このヘラヘラ無責任男です!いい加減離れなさいシーモ!ああもう彼女が来るまでに資料をまとめるのが僕の仕事だったのに!」
「ワタシは暇なのだよ、それに今まとまってる分だけで十分じゃあないか、近隣の街の偵察情報や明日の献立なんて洞窟で使わないと思うけどねえ」
「……それは私もいらないわ」
「献立はあなたが忍ばせたのでしょう……掲示板に戻して来なさい、しかし情報という物はあって困ることはありませんが無くて困ことはあります、その為の情報部隊なのですから」
「情報部隊……そういえば貴方シーモと言ったかしら、前もこの部屋に居たわね、貴方が情報部隊の隊長?」
シーモがにやりと笑う。
「そう!このワタシが情報部隊『弾犬』のたいちょっ――」
ロナザメトの手刀がシーモの頭を直撃する。
「うう……何も叩くことないだろう」
「はぁ、新人に無駄な嘘をつかないでください、それも本物の隊長が目の前にいるのに……エミイさん、これが必要最低限の書類です、機密に触れる物はありませんが一応取り扱いには注意を」
唖然とするエミイに書類が手渡される、枚数から見て明らかに洞窟の調査報告だけではない。
「え、ええ、感謝するわ、えっと、なんなのあの男」
「さあ、ノヤリスで一番彼と付き合いが長いのは僕ですが、彼の事はいまだによくわかりません、別世界の何かなんじゃないですか?」
「あら、情報部隊隊長にあるまじき言葉ね」
「そうだよ、『弾丸のようにまっすぐ正確に情報を集める』が君のポリシーじゃないのかい?」
頭をさすりながら揚げ足をとるシーモにロナザメトのローキックが襲う、シーモはそれをなんとか寸前でかわした。
「っとっと、危ないなあ落ち着きたまえよ、やんちゃな一面が出ているんじゃないかい?」
「……失礼、取り乱しました、ああエミイさんはもう行って貰って構いません……ああできればこれを食堂前の掲示板に張ってきてください」
「献立表……剝がしてきたシーモがやるべきではなくって?……まあいいけれど」
「ではお願いします、ついでに食堂のリンさんに事情を説明してください、おそらく今頃それを探して鍋の中を探しています」
(……なにはともあれ、資料は手に入ったからいいわ、食堂に寄ったら早めに部屋で休みましょう)
エミイはため息交じりに資料室を後にした。
「それじゃあワタシもこの辺で~」
「逃がしませんよシーモ、あなたを残した理由は分かってますよね?まあ座ってください」
「おやおや顔が怖いなあ、落ち着いて落ち着いて」
「はい、僕は今とても冷静なのでいつも通りの説教で済ませてあげます、座ってください」
「フフフ、今夜の献立は僕の好物ばかりなんだけど、食べれそうかい?」
「今からの態度次第です、座ってください」
「フフフ」
「シーモ、座ってください」
エミイは後方から聞こえる大の男2人が拠点中を走り回る音に驚きながら食堂に向かって行った。




