開戦の合図
城の廊下はかなり広々としている。
それは古来、多数の兵士がここを忙しなく往来した頃の名残りであり、余計な装飾はほとんどなく見通しもいい。
「……結構会場から歩いてしまいました……そろそろ出てきてはいかがですか?」
会場を抜け出したロナザメトは誰もいない廊下に向かってそうつぶやいた。
すると、窓から差し込む月明かりの陰からローブを身に纏った男が現れる。
「見るからに怪しいですね。とても招待された客人には思えませんが」
素性にはおおよその目安がついていた。
これがレマン王国からの攻撃であるなら、他にいくらでもやりようがある。
そう考えている間に、その男はこれが答えだと言わんばかりに、ウデを水平にあげ、短い詠唱を口にする。
「肉、鋭利、硬質、変容……『様切』」
詠唱を終えたその瞬間、男はロナザメトに襲いかかった。
その詠唱は魔術使いがあまり好まない類の、自身の肘から指先までに達人の持つ剣のような切れ味を付与する、インファイト用魔術。
ロナザメトはごく短い予備動作を読み取り、どこからともなく取り出した魔術弓で受け止める。
それは魔力で形成している為、多少の攻撃を受けるくらいなら容易だが、それでも弓は弓、鍔迫り合いを続けるものではない。
「ふっ!」
ロナザメトは男の腹部を蹴りあげ、少し間合いを取る。
そしてそこから、手のひらから魔術で出した簡素な二本の矢が男の両足を貫くのに2秒もかからなかった。
「ぐぁぁっ……あ……っ……!」
血を流し、足に力が入らずに崩れ落ちる男を前に、ロナザメトは思考を巡らせる。
(……なんだ?弱すぎる。状況やローブの紋様を見るに敵……魔人会の者なのは確実だ。しかし古式魔術を使うでもなく、やる事がこれだけ?)
弓を引き絞り、いつでも放てるようにした上で、男に語りかける。
「あなた、魔人会ですね?どうやってこの城の警備を抜けたんですか?」
「ひ、ひっ……あんた、優しいなぁ……命を狙われたってのに、まだおれを殺そうとしてない」
「……」
ロナザメトは目を細め、矢を放つ。
矢は男の肩を貫通し、床を赤く染めながらゆかに突き刺さった。
「あ、ああっ……!」
「テメエを生かしてるのは聞くことがあるからだ。次はそのドタマぶち抜くぞ下っ端が」
「や、優しいのは本当だぁ、あ、あんたはおれに気づいておれみたいなやつの相手を買って出た。仲間に負担をかけないように影で尽力するタイプだ、優しいなぁ」
(……おちょくられている。もうこういうのがいるとわかっただけいい、早く警備に突き出してパーティーを中止させなければ……)
ロナザメトがそう考えた瞬間だった。
「ま、まあじ、もう関係ないんだ」
ロナザメトの背後、会場の方から爆発音が鳴り響く。
思い違いをしていた。
ここは王城、いくら魔人会とはいえ、城で派手な事はしないはずだ、だからこそ、この君の悪い男もコソコソつけてきて、人気のない場所での戦闘を選んだはずだと。
それが魔人会からの開戦の合図だと理解するのに時間がかかってしまったのはそのためだ。
「!?なっ……にを……!」
男を問い詰めようとふたたび目線を向けた。
「っ……ぐう……ぁ……っ……」
しかし男は奇妙な事に、刃物と化した自分の腕で自分の腹を貫き、もがき苦しんでいる。
それがロナザメトの思い違いの2つ目。
魔人会は古式魔術を使って戦いを挑んでくるものだと思っていた、だから男を下っ端だと思い込んだ。
実際、この時点ではそう思っても仕方ないほどにあっけなかった。
「ひ、ひひ、どうせ時間になったら始まるんだ、始まったらこうする手筈だったんだ、ああ、死ぬ気でやって死んでよし、道連れにできればそれもよしなんて、最後に幸せな役目をいただけたぁ……」
腕を引き抜き、血液の滴る腕をべちゃりと床につけ、うわ言のように呟く。
「魔術の時代に栄光あれ……祖よ、時の王よ、魔術の神よ、この身を捧げます……」
それはただの自害では無く、彼の、魔人会幹部アモールの、『古式魔術』に必要な手順だった。
ロナザメトが彼を生かそうと殺そうと、彼は『時間』がくればこうなっていた。
「『霊域』」
アモールは最後にそう呟き、力なく倒れた。
変化は1目でわかる。
窓の外、城を囲むような、赤いドームのような巨大な幕。
(……魔力の流れが変わった……いや、蓋をされた?結界の類か……!チっ……!)
窓を開け、矢を空に向かって放ってみるも、結果は想定通り。
その矢は弾性のある膜に弾かれ、勢いを失って消滅した。
わかっていたことなのでロナザメトは落胆しない。
その結果を持って仲間のもとに駆けるのが、情報部隊『弾犬』の隊長として果たすべき役目だ。
ロナザメトは、埃っぽい爆風の名残りを感じながら会場の方へと向かった。




