酸味
バハメロはグラスに注がれた柑橘のジュースを少しづつ味わっていた。
普段のバハメロからは想像のつかない程静かにしているのは緊張や長としての立場以前に、会場を見渡した時に感じた気配にある。
「団長」
「うむ、『いる』な。全く、気づいてしまったからにはおちおち食事もできんのである」
視線をグラスに落としたまま、背後のロナザメトと会話する。
「会場全体の人数はまだ把握できていませんが、怪しいのは2から5人程」
「その事に気づいているのは?」
「団長と僕以外ではリラーテさんとオリセさんは確実に」
「ふむ……」
バハメロが辺りを見回す。
バルコニーもある広間には大勢のきらびやかな人々が、各々の交流を深めている。
しかし確かに、何者かがこちらを見ている。
亜人に対する忌避感や警戒とは別の、敵意や殺意といった物を、わずかながらに会場内のどこかから感じられる。
「……逆に、それ以外の気配は緩すぎる。全員グルならまだやりやすいのであるが……普通に何も知らない人々のようであるな。うーむ、面倒な……」
「……試しに一人釣ります」
「了承。無理はしないようにな」
ロナザメトはそのまま、一人で会場の外に出る。
それと同時に、バハメロは気配に変化があったのを直感的に感じた。
(動いたか、しかしわかり易すぎる。雇われか、あるいは陽動?……なんにせよ、吾輩も動……)
「ちょっといいかしら」
不意に声をかけられる。
目線を向けると、そこには派手なドレスを着たいかにも貴族らしい女がいた。
当たり障りのない笑顔をしており、敵意や殺意からくる行為ではなく、あくまで興味本位での接触だろうと判断したバハメロは、鏡写しのように当たり障りのない笑顔で返す事にした。
「……コホン……どうかしましたか、ご婦人」
「あら、案外礼儀がなっているのですね?私
てっきり、亜人はもっと野蛮なモノかと」
「ははは、付け焼き刃ですよ。せっかくこのような場所にお招きいただいたのですから、我々一同、粗相のないようにと」
「ホホホ、殊勝な事ですわね」
バハメロはその女の言う事を聞きながら、先に用意しておいた回答で答える。
それはその場を丸く収める為の、言うなれば逃れる為の処世術であり、そこにバハメロの本心はほとんど無かった。
言葉を聞き、声を発するごとに、バハメロの精神は削れていく。
「──ああでも……貴女方も大変ね、形だけとはいえ、奴隷解放のヒーロー役だなんて。亜人の身にはさぞ重い責任でしょう。可哀想に」
「……はい?」
「貴女方がここに来たということはレマンもその戦略に乗るということなのかしら」
「……し、少々お待ちを、失礼ですがご婦人。えっと、我々の事はご存知……なのですよね?」
「ええ勿論。亜人管理の為のイメージキャラクターとしてミスタルに仕える亜人の方々なのでしょう?」
「亜人を管理……?一体誰がそんな事を……?」
「……?亜人狩りを廃止した後は、あなた達がそれらをまとめ上げて管理するという話では?誰に聞いたでもなく私がそうだと思っていたのですけど、そうではないの?……ということはもしやあなた……」
女の表情、声、視線が、少しづつ冷めていくのを感じる。
「……本気で、亜人を人にしようとしているの?」




