密着
コルとラニが通りを進み続けると、少しづつ亜人とすれ違う回数が増えていった。
暫く進むと、露店と思わしきものが見えるが、いくつかある割にあたりに人通りが多いとは言い難い。
コルはそのうちの一つ、木箱にいくつかの果物を置いただけの、簡素な作りの店を構える男に声をかけた。
「こんにちは、こんな朝から商売ですか?」
店の男が新聞から目を離し、顔を上げる。
「ああ……ってなんだ、あんたここの住民じゃないな?」
彼の身なりは至って普通だった。
「……コル、こいつ亜人じゃない」
ラニが耳打ちをする。
「……あー、ええ。少しこの辺りに用事がありまして。しかしその感じだと、あなたもロッセル区の外から?わざわざ果物を売りに?」
「まあ、たまにな」
男はコルを邪険に扱うわけでもないが、それ以上の深入りや詮索を嫌っている様子が伺える。
(これ以上は駄目そうだ)
コルは最後に果物を一つ買ってその場を離れる。
露店から離れた場所で、買った果物にラニが齧り付く。
「どう?」
「うん、食えなくはないがまずい」
「だよねえ、でも相場より割高だった。売れ残りそうな物を持ってきてるってとこか……あんまり気持ちのいい話じゃないな」
コルは腕を組み、考え込む。
店の男は『たまに』と言った、つまり割高の品が売れた実例が過去にあったという事だ。
ここに住む亜人は国からの補給支援とは別に、日雇いの仕事をする権利があり、その報酬も正当に支払われる。
「ロッセル区の外に出て店まで買いにいけばもっと安くて質もいい。ここの人はそれを知らずに買ってるのか、それとも知ってて?」
「知らないだろ、中には金に触るのが初めてって奴もいると思うぞ」
「……これは一つ問題として記録しとこう」
コルは出発前に張り切って用意したメモ帳の1ページ目に今の事を書き込む。
顔をあげると、隣にいたはずのラニがいない。
あたりを見回すと、少し離れたところにかかる小さな橋から川を見下ろしていた。
「いきなりいなくならないでよ」
「む、わり。でもほら、見ろよ」
川の水は透き通っており、朝日が見事に反射し輝いて見える。
「綺麗だね」
「ああ、これなら飲めそうだな」
「まあ飲めるだろうけど……」
「んだよその反応……あ、魚いるぞ。食えるかな」
「ラニ、もしかしてさっきの果物の口直ししようとしてる?」
「……バレたか」
「流石にここで魚を焼いたら駄目だよ」
一応、水が綺麗なことと魚の大きさをメモしておく。
すると横でそれをのぞき込むラニが口を挟んできた。
「大きさって書く必要あるのか?」
「何が必要になるかわかんないから一応ね。大きいってことはエサがあっていい川だ〜……みたいな?わかんないけど……」
不意に隣を見ると、ラニの顔が至近距離まで近づいていた。
下手に動くとまつ毛や角がぶつかりそうな距離で手帳を覗き込むラニに、コルの心臓が跳ね上がる。
(近っ、やっぱ綺麗だな……離れるべきか?……いや、でも一応俺達恋人なんだし……人気もないし約得ってことでもう少し……)
「なあコル」
「っ!は、はいっ!」
ラニは小声のまま続ける。
「ちょうど近いからこのまま聞け、さっきから誰か付けて来てる」
至近距離で届くラニの声に、まだ多少気持ちが浮つきつつも、気を引き締めてから小声で返事をする。
「……人数とかはわかる?」
「多分一人、エミイとオリセと解散してからちょっとしたくらいからだな」
コルは会話しつつ、怪しまれないようにメモ帳に筆を走らせ続ける。
「敵っぽい?」
「微妙だな、監視してるってよりは探ってるって感じだ。動きも素人臭い……いや、素人にしてはやる、って感じだ」
「とりあえず泳がせよう。来るようならその時は返り討ちにしてくれる?」
「任せろ。殺気を向けた瞬間にガツン、だ」
そう言うとラニはごく自然に距離を離す。
そして何事も無かったかのように振る舞い始めた。
「さて、それじゃあそろそろ行くか。食えない魚に用はねえ〜」
「あ……うん」
「……」
ラニはコルの内心を見透かしてか、それとも自分の意思に従ってか、少し恥じらいながらコルの前に左手を差し出した。
「……ん」
「ん?」
「……だから……ああもう、ほら行くぞ!」
ラニはやや強引にコルの左手を握って、引っ張りながら歩き出した。
コルにはその時のラニの表情は見えなかったが、彼女の髪と角の色に負けない程に赤くなる耳に気が付き、負け時と頬を熱くしながら、されるがままに手を引かれていった。




