潜む陰
およそ4ヶ月。
それがノイミュの亜人狩り殲滅、および亜人の保護にかかった期間だった。
ミスタルで培ったノウハウもあり、大きな問題もなくスムーズに作戦は遂行された。
作戦の書類も全て片付けきっていない団長室。
バハメロはその資料を前にどこか苦い顔をしていた。
それは書類仕事を面倒に思ういつものそれとは違う、重要な懸念を抱えているときのものだ。
「……ロナザメト、どう思う?」
「どの件について?」
「魔人会についてである。今回、ノイミュが大きく兵を動かした。機構の最先端を征く国家であるノイミュを敵視する魔人会が何もしない訳はないと思っていた。故にノイミュでの亜人狩り殲滅は『釣り針』でもあった。しかし……」
書類は机の上に山のように積まれている。
内容としては保護した亜人や亜人狩りについてノヤリスの目を通しておく必要があるものばかりだが、その中に『魔人会』の文字は一つもなかった。
「開始から4ヶ月、魔人会の犯行と思われるテロ行為の規模があからさまにショボ……小さくなっている。流石に妙と言わざるを得ないでしょう」
「この事は二人の王も認知している。嵐の前の静けさとして、である」
「ミスタルでの前例がある以上、スパイも疑う必要がありますが。王達の事前調査と情報管理に問題があった様には見えませんでした」
「うむ、そこはあの二人を信じている。しかし魔人会は古式魔術とかいうよくわからんものを使うのでな……。少し勉強したのであるが、あの古式魔術というのはあれほど1か所に集まるものではないのではないか?」
「……魔術を崇拝する組織ですから。意図的にコレクションしているのでしょうね」
「素人目にもわかる危険行為である。……魔人会め。奴らは何を企んでいる?」
時を同じくして。
大陸の西側全土を領地とする大国、レマン。
その中心たる王城は歴史が長く、戦乱の時代に気づかれた要塞を軸に建築されており、堅牢、無骨と評される。
侵入者など、虫1匹入り込むことすらできなさそうな城の玉座に、気だるそうに腰掛ける男が一人。
彼こそ、近年になって先代の跡を継いだ、スーラ・ディー・レマン王である。
赤く尖った髪型が、威圧感を隠そうともしない強面と合わさり、武力国家の王らしさを漂わせている。
「……ようやく来たか。我の時間を無駄にした自覚はあるな?」
スーラの見下す先に、先程まで影一つ無かった老人が一人。
「若造が、『先駆者』をそう睨みつけるでないわ……生き急いでも儂には追いつかんのだから」
フードを被り、鼻から下には赤と黒の混じった渦のような模様の奇妙なマスク。
そして何より、耳の奥に張り付くような不気味な声色が不快感を煽る。
老人の名はエバル。
エバル・アロン・アバロム。
謎多き魔術崇拝組織、魔人会の長である。
「チッ……老いぼれめ、我はこの国の王だぞ。貴様らに施しをくれてやっている立場であり、我の気分次第で貴様ら全員の首を跳ねることもできるということを忘れるなよ」
「ああ、しかと旨に刻むとも……せっかく大国の王が我々の……魔人会の理念、魔術文明の再世に賛同してくださったのじゃ……。歴史の浅い傲慢な王であれ、それを導くのが儂のつとめ……」
「フン……して此度はどうした、用があってここに来たのだろう」
「ああそうじゃ……。以前話したろう。未来視の同志がミスタルの大規模な活動、そして時代の歪みを予見した、故に勢力をレマンに集め『儀式』の準備を始めると」
「あれから随分と立ったようだが?」
エバルは皺の多い目元を細めて不気味に微笑む。
「少し贄が暴れてな。手間どったが先刻終えたところだ。そして次は貴様よ、スーラ・ディー・レマン……!近いうちに彼の者達は貴様の元に訪れる、自らを捧げる供物の様にな……!」
「……」
スーラは眉一つ動かさず、威圧感のある視線で老人を睨み続けながら立ち上がる。
「老いぼれは話が長い。計画を次のフェーズに移す、という話をする為だけに使うには無駄な時間だったな」
「我々は役目を果たした。貴様も王ならば約束の一つくらい守らんと……なぁ?」
「……当然だ。我は王、自らの信念に従い行動するまで。例え相手がなんであろうとな」
「ああ、好きにするといい。魔の導きがあらんことを」
そう言うとエバルは影に溶けるように消え去った。




