命名
翌日、ロッサ号の技術提供を含む技術者達の会合はつつがなく行われた。
会合とは言っても参加したのはコルとナノン、その他にライゼルを含むノイミュの技術者3人、そしてサナダの計7人程だけの小さなものだった。
流石は最先端の国といったところか、ライゼル達は設計図と少しの説明だけでおおよその機構を把握し、改善の余地すら見つけ出す。
ただ蓄電による動力に関しては、ノイミュの技術者達が全員椅子ごと後ろに倒れる程の事だった。
彼らの理解力もあり、予定していたより遥かに短い時間で技術の受け渡しは完了した。
それから数分経った現在、一同に介した技術者達はテーブルの中心に置かれたコルの銃を、眉間にシワを寄せながら食い入るように見つめている。
コルは内心穏やかではなかった。
話し合いが早く終わった分、せっかくだから技術者交流という名目で連なる話をしようとライゼルが言い出したまでは良かったのだが、まさか自分が最初になるとは思っていなかったのだ。
「これは……ふむ……」
数え切れない程の変形機構と、質量保存の法則を無視した収納機構を備えるコルの銃は、言うなればノヤリスの技術者の叡智の塊。
「錬金術に片足を突っ込んどる」
「しかしルーンタグ氏は魔力を使った覚えはないとおっしゃっていましたが」
「これは仮設ですが、この銃を作ることが奇跡的に何らかの儀式と繋がったのでは?」
何やら真剣に考察し合うライゼルと技術者達を前に、コルは次は何を聞かれるのか、それに対し適切な回答ができるかと緊張していた。
そんなコルの元に、ナノンとサナダが心配そうに近寄ってくる。
ナノンは気を効かせて、ライゼル達が銃の変形機構を調べている間に話しかける。
「結局、あの銃の正式名称って決まったんすか?」
「……いや、まだ」
「へー、またシタ神話からそれっぽく取るのかと。じゃないにしても、設計図に書いてた長いやつをカノヒ棒だとかカノヒナイフだとかみたいに略すとか……設計図の時点でなんて書いてましたっけ」
「えーと、『超万能臨機応変、まるで魔術のよう、器用なやつはなんでもできる(仮)』……?」
「随分大きく出たな……」
「あれ、おじさんはもういいの?アロルの小銃を持ってくくらいだから興味あると思ったんだけど」
コルはほんの少し皮肉混じりにそう言った。
「後で見せてもらうよ。今はほら、お国のご老人がみんな揃ってキスしそうな距離だから……」
「ライゼル様……っ、ここっ、ここをご覧ください……っ!」
「ここでは見えませんな」
「やはり一度解体を……」
「しかし先ほどの仮説を踏まえると同じ結果になるとは……」
コルは銃が分解されないかヒヤヒヤしながらも、銃の名前について考えた。
「名前って必要かな」
「そりゃまあいるでしょ、別に必殺技みたいに叫ぶでもないけどさ。武器に名前は付き物って風潮はそれこそシタ神話が元じゃなかったか?ほら、英雄の……何だったか」
「……英雄の持つ剣、杖、盾、杭。それら全てに名前があって大層可愛がってた、みたいな逸話だね。どんな名前かはどこにも書いてないけど」
「へー……って、杭って何?」
「さあ、投げてたんじゃないかな?」
「それか魔術で飛ばしてたとかっすかね、クムル君が似たことを釘でやってたはずっす」
「うへぇ……妙に生々しくて剣でぶった切られるより怖え〜……」
コルはシタ神話に関しては人並みより少し上、程度には詳しかった。
特別な理由はなく、ただ家に本があったからに過ぎない。
そんなコルは記憶の中のその本を1から捲るように、銃の命名に使えそうな物を探した。
「うーん、思いつかないしいいや。とりあえず『銃』って事で。俺は英雄じゃないんだし。それに……」
「それに?」
「いつか俺が神話や伝承になったときに、『コルの銃』って呼ばれたらイカすかなって……みたいな」
サナダとナノンは妙に納得した様な表情をしつつも鼻で笑った。
「……ところでそういえばなんだけどおじさん。アロルの小銃はあれからどうしたの?」
「ん?ああ、ここにあるぞう。ほら」
そういってサナダは懐かしさすら感じる小さな銃を取り出した。
それも二丁。
「……はぇ……?」
「ぷっ……だはは!コルぅ、お前に機械いじりの基礎を教えたのは誰だ〜?時間さえあればこのとおり!……いや実際ほんとに時間かかったけどね」
「えっ、いや、ええ?どうやったの?俺でももう一回作るのは──」
「コルトリック殿!お聞きしたいことが34点程……!」
コルの混乱を遮るように、ライゼル達が呼びかける。
「多っ!すぐ行きます!」
冷や汗で濡れた背中を見ながら、ナノンは一つの思考にたどり着く。
(次私がナノンロイドを見せる事になってるっすけど、コルくんが収納機構について説明してくれればあの質問攻めはいくらか回避できそうっすね……。正直理解力があるとはいえロッサ号の説明だけでヘトヘトっす……!)
その後、そんなナノンの願いは叶わず、持ってきたナノンロイドすべての説明をみっちりした。
その代わりとして近いうちにノイミュの開発ラボを見学する約束を取り付けた為、二人に取っては疲労に見合う時間となったのであった。




