その後のこと
「……めっっ……ちゃくちゃ怖かったぁ〜〜っ……!」
コルはベッドに倒れ込む。
あの後、ナノンと共にライゼルの元を訪ねてロッサ号の話をするのは翌日落ち着いてから、という事になり、用意された客室で一晩過ごすことになった一行。
イーリス、リラーテは用事が済んだ為先にミスタルへ帰還、パッケンも同じく、用が住んだからと本格的に動く準備の為に一度隠れ家に戻ると言い残し去っていった。
サナダは別件でライゼルと話している。
そして残されたノヤリスの団員達計4名は客室で休息を取っている、というのが今の状況だ。
贅沢にも4人それぞれに高級な宿のようなシャワー付きの部屋が与えられたにも関わらず、ラニは当然のようにコルと同じ部屋に付いてきた。
コルももはや特段気にすることはない。
むしろ疲労感を感じているときに話し相手がいる事は救いとも取れる。
「俺喋り方変じゃなかったかな……変だったよなあ多分……」
「私に聞くなよ、少なくとも『なんだねその言い方はー!がーっ!』って言われてないから大丈夫だろ」
「そうかなあ、そうだといいけど……俺明日はもっと少ない人数でライゼル王様と話すんだよ?流石に不安だ……」
「そういや、明日はロッサ号の何を話すんだ?作り方とか?」
ラニはベットでぐったりしているコルの隣に並ぶように倒れ込んだ。
先程の交渉において文字通り『そこにいただけ』のラニからは当然微塵も披露を感じない。
「作り方、材料……ああ、動力についてが向こうとしては一番気になるところかな。まあ作ったのはほとんどナノンだから──」
ふと、ナノンの事が脳裏に浮かぶ。
「……」
「……?コル?……寝たか?」
「ああいや、ナノンは大丈夫かな、って。こういうこともあろうかとって流れで『ああ』する事は先に決まってたとはいえ、結果的にナノンの将来が決まっちゃった訳だろ?ナノン的にはどうなんだろうって、ちょっと気になったというか」
「じゃ聞きに行ったらどうだ?部屋すぐそこだろ?」
相変わらず数段飛躍した様なことを言うラニだったが、当人のいないここで話をしても仕方がない上に、最終的ににその結論になったであろうと思ったコルは、敢えてツッコまずに同意した。
「それもそうだ。行くか」
「おう、私はおとなしく待っとくぞ。今日は何もしてね〜し」
もはや自分に与えられた部屋に戻る気の無いラニに留守番を頼み、コルはナノンのいる客室に向かった。
ナノンのいる部屋はコルの部屋から一つ、本来ラニの部屋である客室を挟んで隣にある。
ほのかにいい香りのする木製の扉を軽くノックし、中にいるであろうナノンに声をかける。
「ナノン、今ちょっといい?」
中からガタンという音がした後、扉越しにナノンの声がする。
『合言葉は?』
「防犯意識が高いのはいいことだけど、やるなら先に準備しといてくれないと」
『……私の妹の名前は?』
「……ミクノ・ミューツちゃん、10歳」
「……」
正解を答えてなお、少しの間が空いてから扉の鍵が開いた。
「……本物っすね、入っていいっすよ」
コルを出迎えたナノンは髪や耳が湿っており、僅かに湯気を放っている事から、シャワーを浴びている最中であったと察せる。
服のボタンのかけ違えや、ベルトが締まりきっていない事から、それも直前までそうしていたのだろう。
「それで?どうしたんすか?……まあとりあえず座ってください。私のベッド座るんで椅子使っていいっすよ」
コルは前振りもそこそこに、本題であるナノンの将来に関する話を始めた。
「──だから、先に作戦会議で決めたこととはいえ、改めてナノン的にはほんとにあれで良かったのかなって。国の機構開発なんて、機材とか材料とかはそりゃ凄いと思うけど。慣れた環境から出ることになる訳だし……」
ナノンは少し俯いてから返事をした。
「……正直、よくわかんないっす。変っすよね。いつもなら、凄い部品だー!発明できる!って、喜ぶのが自分のはずなんすけど。……あ、でも勿論、この結果自体に不満は無いっす!ただ……なんすかね……寂しいっす」
ナノンの表情からは緊張と、不安が見られる。
「……寂しい?」
「っす、自分はずっとノヤリスにいたし、ずっとあの工房で、がむしゃらにナノンロイドを作ってたっす。だからっすかね……自分にとっての日常がガッツリ変わるとなると、寂しいし……ちょっと……怖いっす」
コルは少し考え込む素振りを見せてから言った。
「大丈夫。日常ってのは案外変わらないよ」
「……どうして、そう言い切れるんすか?」
「流れるままここまで来た俺の体験談っていうか……いや、今はそうじゃないな。確かに全てが終わった後、ナノンはノヤリスから物理的に離れるのかもしれない。『心は一つ』みたいな話は今一旦置いといて……それからナノンが行く場所には、俺も行くんだよ」
「……ぁ」
「俺だけじゃない、話的にロッサ号開発に携わったアリッサも歓迎されるだろうし、鋼花のみんなも一芸もった曲者揃いだから、彼らもかな。何よりミクノちゃんは絶対ついてきてくれる……。ほら、これまでと同じだろ」
「……そんな、そんな簡単な話なんすかね……」
「……いつか別れの時が来るとしても、それは花々しいもので、笑顔で背中を押して送り出す時だ。皆もナノンや俺達をそうやって送ってくれると思うし、いつでも迎えてくれると思う……なんて、全部終わってからの、未来の話だけどね」
(あ……あの時と同じ目だ)
ナノンは初めてコルと行動を共にした日を思い出していた。
その時と同じ、コルが真剣に何かを話している時の目。
数多くの団員達に対し、真面目に向き合って来た彼の、信念を宿した深い紫色の瞳。
その色が、ナノンの不安を打ち消した。
(……全く、相変わらずこの人は……)
再び、数秒の沈黙が流れる。
「……ちょっと格好つけたかな?はは……」
「……よ」
「なんて?」
「……ズルいっすよ……」
ナノンは涙を浮かべながらコルに抱きつく。
バランスを崩し、二人は椅子ごと後ろに倒れ込む。
「ナノン!?」
「……ねえコルくん、めちゃくちゃ死亡フラグっぽいこと言っていいっすか?」
「……怖……いいよ……」
「全部終わったら、言いたい事があるっす。だから、その時はちゃんと聞いてくださいね?」
「ほんとにめちゃくちゃ死亡フラグじゃん……今じゃ駄目なやつ?」
ナノンは少し考えたあと、軽く微笑んで体を起こした。
「……駄目〜っす!もうこの話はおしまいっす!ほら、早く立つっすよ!」
それからナノンはいつも通りの雰囲気で立ち上がり、コルの手を取り引き上げ、そのまま部屋の外に向かって背中を押す。
「ほらほら帰った帰った!帰ってちゃんと寝るんすよ!」
「わかったから押さないで。……それじゃあナノン」
「……?」
「また明日」
「……はい、また明日っす」
バタンと音を立て、扉が閉まる。
ナノンはその場で壁伝いに崩れ落ちるように座り込んだ。
「……はぁ……自分で時間制限、作っちゃったなぁ〜……」




