手札③
「魔人会が掲げる理念は次世代の破壊。機構文明の最先端を走る国の王として、何卒力をお貸し頂きたいのである」
「……っ、バハメロ殿、それは難しい相談ですな。確かに各地での魔人会被害は少なくはない。しかし現状は『なんとかなっている』のですよ。先程大掛かりな行動からの国力の疲弊についてお話したように、これ以上我が国が行動を起こすには……ともかく、今回の話はここまでにしましょう」
ライゼルが退席しようとする。
魔人会という全貌の見えない巨大テロ組織を前には、それより大きな力を使わねばならない、というのがノヤリス側の総意だった。
しかしライゼルの言うことは最もである。
それを理解した上で、ノヤリス側には少しでも協力者がほしいという信念のもと、用意していたものがあった。
最後の切り札が一枚、コルが声を上げる。
ある程度予想された事であり、もとよりコルに任されていた役割ではあるのだが、それでも緊張で声が震える。
「っ、お待ちくださいライゼル王!魔人会に怯えてはなりません!」
「何を……ワシは怯えてなど……」
「『長距離移動機車の貨物車両』にあった謎の痕跡……ご存知ですよね?」
「……!」
「責任書の貴方には報告に上がっているはずです」
「コルトリック殿、貴殿は何を知っておるのですか?」
「……長距離移動機車に原因不明の痕跡、そして貨物車両が荒らされた跡、貴方が魔人会の仕業と知りながら隠蔽した現場の全てです」
「ライゼル様、彼等はこの話に見合うものをもってきています。どうか、もう少し耳を傾けてはいただけませんか」
「……」
サナダの援護もあり、ライゼルは肩を少し震わせながら席に戻る。
彼は機構文明を切り開き、魔術文明の終焉に加担しているとして、魔人会の目の敵にされている。
それ故に攻撃を受ける回数も多い。
ライゼルという老人は国という力を持ちながらも、その脅威に立ち向かう勇気がないのだ。
コルとパッケンはあの日、長距離移動機車で起きた魔人会の刺客との出来事をライゼルに話した。
それはライゼルが自国の技術者達のモチベーションダウンを懸念して隠蔽した情報と、ライゼルの知らない大規模なテロ未遂の話であった。
「……よもやそれほどであったとは……」
「どんな形でもいいんです。俺達は殺された仲間の敵を取りたいし、平和な新時代に不穏の種を残したくない。勿論無料でとは言いません、叔父……サナダ・イプ・ライトから聞いています。ライゼル様が『何より』望んでいるものを持ってきました」
「……」
ライゼルが唾を飲む間に、サナダが続く。
「以前食事の席で王が言っていた事です。『長距離移動機車の技術を応用し、海と空に道を作りたい』『しかし歳の事もあり、空は後継者に任せるしかない』『しかしそれほどの技術者もそうはいない』と、嘆かれておられたのを、私はよく覚えております……!」
「……!サナダ殿、まさか……!」
コルは立ち上がり、胸を張る。
何かを強く伝える時、ノヤリスの団員達はいつだってこうしてきたからだ。
その信念を胸に、コルはまっすぐ相手を見据える。
「進言します!ここにいるノヤリス団員が一人、ナノン・ミューツは!独学で空を飛ぶ船を設計し、それを完成させています!自分もそれに一部携わりました!100人以上乗って飛べます!魔人会の件、御一考いただけるのであれば、我々ノヤリスは船の設計図を提供すると約束します!」
「……な……っ!今なんと!?独学で……?いや、そのような事が……っ!」
ライゼルは座っていた椅子を跳ね飛ばしてしまうほどに動揺した。
「事実です。カンパニー社長の名に賭けてそれを保証します」
「同じく、ミスタルの王の名にかけて」
「へっ、トレジャーハンターの名に賭けて〜」
最後のはともかく、国と、最も信頼をおく企業からの保証は、到底信じられない様な出来事を信じるのに十分なものだった。
「……もし、もしですよ?もしワシが今ここで、亜人保護と魔人会殲滅を約束し、それを果たしたとします。その上で、貴方達二人を含む、ノヤリスの技術者をうちのラボに迎え入れたいと言ったら、貴方がたはそれを飲むでしょうか?」
コルはナノンとアイコンタクトを取り、その後バハメロにも同じ事をした。
「全てが終わったあとの働き口があるのは、こちらとしても願ったりです。そして最後に改めて言わせてください。ミスタル、ノヤリス、カンパニー、そして……トレジャーハンター達。そこにノイミュが加わるのですから、負けるはずがありません。俺達と一緒に、戦ってください」
「……ふぅ、これはこれは……完敗ですな」
本来それはイーリスやバハメロの役目だろうが、流れでコルとライゼルが硬い握手を交わした。
その後、速やかに今回の約束事に関する正式な書類が作成された。




