手札②
「……」
「おいおい、どうしたよ国王サマ」
「……パッケン・ブレッツ。貴殿が何を考えているのやら、わしには見当もつかんな」
「へっ、しらばっくれやがるぜ」
一国の王唾を相手に不敬極まりない態度を取るパッケンを前に、コルは冷や汗を垂らし唾を飲み込んだ。
「おいパッケン……!」
「シー……今はオレのターンだぜ」
そう言うとパッケンは懐から布に包まれた何かを取り出し、机の上に置いた。
「……っ、それは……」
「さすがに目の色変えたなぁ!ああいいさ、お宝ってのはそういうもんだぜ」
パッケンの手により布が取り払われる。
そこには一見なんの変哲もない赤みがかった水晶のような物がぼんやりとした光を放っていた。
(……これがお宝?)
コルやラニ、イーリスですら、その価値がまるでわからない。
しかしライゼルのみが、取り繕う事も忘れて目を見開いた。
「ああ!これはまさしく本物のオンジョウ水晶!」
「オン……?」
ライゼルの豹変ぶりに驚いたラニが小さく疑問の声を漏らす。
「ご存知なくとも無理はない……!失われた古代の遺物の中でも至極マイナーな遺物……!」
「一見ただの水晶だが……ほれ、触ってみ」
パッケンから水晶を受け取ったラニは、すぐにその異常性に気がついた。
「……ちょっと……熱い?」
「そう、それだけだぜ。寒い冬にゃぁ持って来いの代物であんまり手放したくねえんだが、どうやら奴さんこいつが欲しくてたまらないみたいだぜ。……先にこいつを手に入れたオレに高額の賞金首をかけるくらいにな」
不意に目を逸らすライゼルに、イーリスがすぐさま畳み掛ける。
「……ライゼル殿、先にその話の真偽を問わせていただきたい。数年前に『国を脅かす海賊』として報告されたパッケン・ブレッツの手配書は我が国にも貼られています。もしこれがライゼル殿の私念から来る冤罪だとすれば、その片棒を担がされた、ということになってしまいます」
「……ッ、誤解なき様。確かに!個人的な部隊を用いて探していたオンジョウ水晶、先を越されたのは事実!しかしこの男の海賊行為は指名手配するに値ものであると主張させていただく!」
「それはないぜ国王サマ、オレ達はこれでも昔はただの冒険船乗りヤロウ共。手配書がオレ達を海賊に仕立て上げたんだぜ。見てくれもあって型にはまってたのもあるが、海賊行為?……賞金目当てにたかってくる海賊船を返り討ちにする事をそう言うなら、まあそれもそうだな?」
「……ぐ……っ」
(ライゼル王……明らかにキレが悪くなってるっす……)
ライゼルは少し唸り、諦めた様に息を漏らした。
「……認めましょう。確かにわしは水晶欲しさにパッケン・ブレッツに懸賞金をかけた、と」
「……あ、あの、どうしても気になるから聞くんすけど……パッケンさんの懸賞金って結構な額っすよね……?その水晶にどうしてそこまで……?」
ナノンの疑問は最もであった。
その場にいるほとんどの人物が気になっていた事である。
ライゼルはそれに答える。
「……オンジョウ水晶、どんな環境でも一定の高温を保つ遺物……。わしは長距離移動機車を開発し、陸地の移動技術を進歩させた。じゃが、わしの脳内には文明の駒をもう一歩進める設計図がある……海路、つまり『長距離移動機船』!その動力に、どうしてもオンジョウ水晶の研究が必要なんじゃ……!」
パッケンは身を乗り出し、更に畳み掛ける。
「だったら『交渉』だぜ、ライゼル・フォン・ノイミュ王!さっきイーリス王の話を飲み、ついでにオレの指名手配も取り消して貰う!そしたらこの水晶は手土産としてここで手渡す!海路を拓くってんならオレ達がトレジャーハンターとして作った安全な海図と、海賊として作る羽目になった荒波の海図の写しをおまけに付けてやる!その代わりこっちからの譲歩はナシだぜ!」
短い沈黙の後、ライゼルが口を開く。
「わかりました。それならば充分すぎるというものでしょうな……。そちらの提案、亜人保護法に関連する事、国同士の連携に関する事、パッケン・ブレッツの指名手配取り消し。その全てを条件として飲みましょう」
「ではそろそろ……」
「少し待っていただきたい。『もう一つ』、別件の話をさせていただきたいのである」
席を立とうとするライゼルを、バハメロが引き留める。
「……手短にお願いしたいですな」
「む、そうか……ではすぐに本題に入らせてもらう。亜人狩りと同様に、国をあげて殲滅すべき『悪』がいる。我々ノヤリス、イプイプカンパニー、パッケン海賊団……おっと、もう海賊団ではないのか?まあそれはいいのである。この三組織は全てその悪と少なからず因縁がある。ノイミュ自体も少なからず被害を受けていると聞いているのである」
「……もしや貴殿……」
「もう一つの交渉である。我々の敵、魔術テロ組織『魔人会』の殲滅にも、別口で協力していただきたいのである」




