槍嘴
雲ひとつない晴れた真昼、鋭い陽の光が真上から降り注ぐ。
コルとナノンは手に入れた部品をナノンの鞄に詰め込んだ。
大きな鞄とはいえ、明らかに収納できる量がおかしいが、コルは敢えてスルーした。
「さて、帰りは近くまで迎えがくる手筈だったっけか」
「そうっすね、そこまで歩きっす」
「それじゃあ早く行こうか、天気良すぎて暑いし……」
話しながらナドスト村の出口についた二人。
そこから迎えとの合流地点に歩き出そうとした時、ナノンが耳を震わせ足を止めた。
「なにか言ったっすか?」
それを見たコルも足を止め不思議そうに返す。
「何も?そういえば作業中もそんなこと言ってたけど、何か聞こえたか?」
「うーんなんというか、風を切るような音っすかね……むむむ……」
揃って耳を澄ましてみると、風と砂の舞う音に合わせて毛色の違う聞き慣れた音が混じっている事がコルにもわかった。
しかしそれは風を切る音ではなく、地鳴りのような四足獣の蹄の音だった。
「この音……?」
「違うっす……というかこの音は……」
予想的中、ここに来るまでの道中に遭遇した猪の異獣が再び突撃してきたのだ。
「馬鹿な!っす!お前は私達が食べたはずでは!?」
「よく見ると頭に古い傷がある!別個体だ!だけど前と同じようにやるだけだ、さあナノン!まずはナノンロイド2号で壁を……ナノン?」
ナノンは露骨に目線を反らし気まずそうに鞄の紐を弄っていた。
そして歯切れの悪い喋り口で話し出す。
「そのーっすね、実は例の部品、多めに持って帰って個人的に使いたくて……予定より鞄に詰め込んだせいでその、詰まっちゃったっす」
「よしわかった!とりあえず逃げよう!そして走りながら荷物整理だ!」
二人は逃げ出した。
「ぜえ……ぜえ……同じ作戦でも行けるもんだ……」
「なんとか2号の展開が間に合って良かったっす、まさか同じビーム撃ってくるとは……親子とか兄弟ですかね」
一匹目と同じ要領で異獣を撃退した二人はナノンロイド2号の影で息を整えていた。
「ふう……とことん分身みたいに同じ動きだった……まだ来るかもしれないしほんとに早く帰ろう」
その安息もまた、束の間だった。
「ッ!コル君!危ない!」
ナノンロイド二号の壁は頑強なものだったが、弱点は前方以外をカバーできないことにあった。
風を切る音と共に上空から何かが落ちてくる。
「噂をすればまた異獣……!どうなってるんだここ!」
目前に地面に鳥の異獣が突き刺さっていた。
異獣は鋭い嘴を地面から抜き、再び空へ急上昇した。
「妙な音の正体はあれっすかね……ずっと私達を見てたんすね、まだ狙ってるっす、あの嘴の形……一回刺さったらそこから『ぐちょぐちょぱかぁ』っす……ひぃ」
「怖すぎる……でも逃げる体力はもう無い、撃退するにも銃は射程外、壁は効かない、それに日光が眩しくてどこから飛んで来るかわからない……最悪な状態だ、あの鳥これを狙っていたのかな」
「持ち合わせのナノンロイド達には有効打が無いっす、コルくんは何かあるっすか?」
腰のポーチに手を入れて中身を探る。
「ない……投げものばっかり持ってきたのが失敗だっ――」
次の瞬間、コルが見たものは嘴の切っ先だった。
時間がとてもゆっくりに見えて、ほんの一瞬が何十秒にも感じた。
すぐに視界が赤く染まる。
不思議と痛みは感じなかった、それも当然だ。
コルは傷一つついていないのだから。
「コルくん……?今どうやって……え?」
コルが無意識に閉じた瞼を開くと、困惑した表情のナノンが立っていて、足元にはズタズタになった鳥の異獣の死骸が落ちていた。
「俺にもさっぱり……一体何が……」
困惑する中、静かに風が吹く。
二人の間を通り抜ける風と共にどこからともなく声がした。
『これがいっかいめ はじめて はじめて』
「今のは……?ナノンの鞄から聞こえたけど」
ナノンが鞄を下ろし、中を漁る。
するとナドスト村で拾った部品の中に、一つ怪しく光る歯車が見つかった。
「さっきまでこんなのなかったっす……」
「守ってくれたのか……?よくわからないけど、ありがとう」
コルが歯車を手に載せお礼を言うと、怪しい光が少しづつ消え、最後には普通の歯車になった。
「気持ち錆が減ってる……蓄えた魔力を使ったのか?不思議だなぁ、なあナノンこれ貰っていい?お守りにしたいんだけど」
「……正体研究したいっすけど、機構に組み込まれてるならともかく歯車一つで不思議なことができるのは完全に魔術の分野っすね、私にはわからないからいいっすよ、紐使います?」
「首にかけようかな、ありがとう」
コルは歯車に紐を通し首から下げた、アクセサリーに興味が薄く、髪留め以外の装飾品を使ったのはこれが初めてだった。
二人は無我夢中で逃げていたため気づいてなかったが、迎えとの合流地点付近までたどり着いていた。
すこし先に綺麗な馬車と綺麗な馬、そして亜人の女性二人が小さく手を振っているのが見えた。
「やっった!最高!」
「うわっどうした」
突然テンションの上がったナノンにコルが驚く。
「猫の亜人と……角と翼……バハメロ以外にも龍系が?」
「ああリンさんっすね、尻尾見ればわかるっすけど悪魔系っす、悪魔系は龍系と違って翼があっても収納できるっすけど、目立たせようと頑張ってるっすねあれは」
「ところでなんでそんなに大喜び?」
「帰りの馬車がナッチーちゃんの安全快適馬車ってだけでも最高なんすけどね、リンさんも来てくれるのはレアっす……最高の帰り道になるっすよ!なんたってリンさんはノヤリスの癒やし……女神っすからね!」
まあ私の妹には勝てませんけど!と付け加えるナノンの声を聞き流しながら、コルは目を凝らして遠くのクラシックなメイド服の亜人を眺める。
「女神って、確かにここからみても綺麗な人だけど……あっ翼が木に引っかかって……転んでる」
「張り切ってアピールしすぎっすね、あんなふうにちょっと天然だからずるいっす、ノヤリスの家事炊事はほとんどリンさんがやるんすよ、そこは完璧なんすけどね、でも惚れたら駄目っすよ、ロザナメトさんがずっと片思い中っす、入団早々修羅場になってほしくはないっす」
人の恋路をサラッと暴露するナノン。
コルは無事帰路についた実感を噛み締めながら、帰り着いたらいよいよノヤリスの団員としての生活が始まることにすこし心を踊らせていた。
気持ちが高鳴り小走りになる。
「早く行こうか、あとナノン、人の恋路を言いふらすなよ」
「いいんすよ、団員はリンさん以外みんな知ってるんすから、『仲間の証』っす」
「う、嬉しいけど最悪な証だなぁ」




