待ちぼうけ
本人の予想通り、コルは翌日の昼に団長室に呼び出され、バハメロから今回の顛末を軽く説明される。
「団長、シーモの事だけど……」
「……うむ、ひとまず無事が確認できただけでも前進である。……しかし……そうだな……」
原因は不明のままだが、何であれシーモが戻ろうと思っていなかったという事実に対し、バハメロも流石にまだ飲み込みきれていない節がある様だった。
「そういえば、シーモと戦った時全然攻撃が当たらなかったんだ。あれは一体?」
「吾輩なら知っているやもと思ったのであろう。しかし残念!吾輩もよく分からぬ!」
「うおっ……潔すぎ……」
「いや、理解しようとはしたのである。しかしただでさえ小難しい魔術の話。その上あの言い回しであろう?」
コルはシーモが自分の魔術について説明する様を想像し、妙に納得した。
「……なるほど」
「しかし、シーモに攻撃が当たらないのは昔からであったが、三人からの同時攻撃をそこまで裁き切る程ではなかったような……似て異なるもう1人のシーモについても、今魔術使いの団員達に調べて貰っているが……はぁ、ここに来てまた謎が増えるとは……」
バハメロは報告書に目を落とし、真剣な表情で読み込んでいる。
よく見ると手や首元に火傷の跡が残っており、先日の作戦においての彼女の奮闘が見て取れるようだった。
「っと、黙ってしまって悪かった。先日何かと体を酷使したことを言い訳に一瞬休んだらもうこんなに書類が溜まっていてな」
「俺に何か手伝える事は?」
「気持ちだけ受け取っておくのである。何故ならお前には次の仕事が控えているのでな。その話をするつもりで読んだのであるが……」
バハメロは時計を見る。
それはイーリスから贈られた最新の時計で、部屋の雰囲気からはやや浮いているが、時間は疑う余地もなく正確にしるされていた。
「うーむ……ナノンが来ないのである」
「珍しいな、なんだかんだ早く来るか、ギリギリになってバタバタしながら飛び込んでくるかのイメージなんだけど」
それから十数分、二人で他愛ない話をして時間を潰していたが、いつになってもナノンが来ることはなく、少しばかりの不安感を抱き始める。
「伝達ミスって可能性……」
「否、吾輩は直接伝えたのである」
「うーん……?」
コルは懐から錬金道具の鈴を取り出して振り回し、渡り月の三人に繋ぐ。
「3人ともちょっといい?」
『……いいけどその前に、目を覚ましたのなら一言連絡を入れるべきではないかしら』
「あ……うす、おはようございます……」
『チッ……それで要件は?』
「えっと、誰か今日ナノンを見なかった?団長に呼ばれてるはずなんだけど待っても来なくて」
『見てねぇ』
『……自分も……見ていない……』
『私は見たわ、昼前だけど』
エミイは、なんてことの無い様にそう言ったが、それはコル達にとっては望んだ一言そのものだった。
「どこで!?」
『王城の方。ああ、ぐっすり眠っていた貴方は知らないでしょうけど、先日の作戦成功にあたって城の一部からノヤリスに関する情報の開示が始まっているの』
コルは隣で聞いていたバハメロに視線を向ける。
「うむ、言い忘れていた!本件の協力者としてな、国全土に向けては数日後からだが、もう城の内部にまで隠し通すのも無理があるということで、そういう様になったのである。既に数人は国の関係者と交流に向かわせてもいるのである」
『まあそういう事だから、まだ城の方にいるってことはあり得るんじゃないかしら。その時は兵士……ではなさそうだったけど、見覚えの無い男と喋っていたわ』
「城の男ね……わかった、ありがとうエミイ」
『このくらいなんてことないわ。それより、貴方が受けたシーモの魔術について後で詳しくオリセに教えてあげなさい、分析を任されているのにラニの説明が悲惨で聞いてらんないの』
『違うぞコル!私は昨日ちゃんと全部説明した!』
『だからぁ!現場での感情とか情景は今は必要ないんだって何度……!』
『……コル……頼む』
「うん、了解……時間できたらそっち行くから、エミイの相手をよろしく」
『……それなら得意だ。任された』
再び鈴を振り回し、通話を切って懐にしまう。
「……城の方か、悪いことは起こってなさそうだけど、俺が呼んで来るよ」
「ふむ、であれば吾輩も行こう。コルは亜人でないからな。ノヤリスの行動が許可された範囲にしか行かないとは言え、下手に侵入者と思われては面倒であろう?」
バハメロは冗談めかしてコルの背中を叩き、前に立って歩き出した。
背中にじんわりと衝撃が伝わる。
その力強さ、そして表情から伝わる頼もしさが、バハメロの健在を知らしめていた。
(……心配する必要はなさそうだ。さすがは俺達の団長だ)




