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亜人解放団ノヤリス  作者: 荒神哀鬼
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壁に耳あり

三つの亜人狩り組織に対し同時に襲撃するという大規模な作戦の成功に、団員達は沸き立っていた。

浮かれ気分のまま宴の準備を始めようとするものも居たが、大きな作戦故に一気にまとまったあれこれの処理に追われ、巨大な龍の異獣を1人で相手取った功労者が参加できないとわかるや否や、『こいつは良くない!龍退治の話をツマミに飲めないんじゃまた今度だ!』と1人で酒を飲みながら帰っていく。

そんな夜に、『あれこれの処理』に追われる少女がもう1人。



その日のナノンは多忙であった。

作戦から戻ってすぐ、バハメロのもとに走りシーモの件を報告。

その後すぐに、連日飛び回っていたロッサ号のメンテナンス。

食糧庫の冷却システムに僅かながら故障を見つけ、何とか修理。

それに時間を取られているうちに、帰ったら遊ぶと約束していたミクノとシェリーにやや遅れて合流し、数時間。

その後もばたばたと駆け回り続け、気がつけば皆が寝静まった夜。

一息つくと同時に、一日中頭の片隅にあったことに目を向ける。

(コルくん、そろそろ目覚ましたっすかね……)

コルはラニやナノンと比べると身体的な耐久性で劣る。

そのせいか、はたまたシーモがコルにだけ魔術の出力を高めに攻撃したのか。

コルは同時に眠らされた三人の中で最も目覚めが遅かった。


ナノンは責任を感じていた。

(私、これでも先輩なんすけどねぇ)

自分の攻撃が裂け目の向こうで戦うラニの助けにならなかった事。

隣にいたコルをシーモの不意打ちから守れなかった事。

特に後者に関しては、感覚の鋭い鼠の亜人として、あの場で一番自分が気づくべきだった、そう考えているのだ。

(大事な友達を守れないって、こんなにくるものなんすね……ん?)

様子を見るために医務室に訪れたナノンの耳に、暗い室内からの声が聞こえてくる。

(ああ良かった。起きてたみたいっすね)

途中から聞いたせいで話の内容はよくわからないが、コルとラニが横になって話しているのがわかる。

(……これは邪魔しないほうがいいっすかね。ラニさんが色々伝えてくれたなら急ぎの用もないし、普通に時間も遅いし)

そう考え、ナノンは踵を返し、自分も寝床に向かう。

その道中、ナノンの脳内にふと邪な考えがよぎる。

(……お揃いの指輪とかつけてるし、多分もう恋人なんすよねあの二人、そんな二人が……誰もいない医務室で添い寝……)

ナノン・ミューツ。

ノヤリスの創設メンバーにして、鋼華の隊長。

仕事を熱心に熟し、周りの大人とも気さくに話す為に本人すら忘れる事もあるが、彼女はまだ10代。

(『大人』っす……!)

所謂、『お年頃』であった。


(あわわ、二人とも私と2.3つくらいしか年変わらないはずなのに、もう一緒の布団で寝られるくらいの信頼関係が……)

なんだか見てはいけないものをみてしまった様な気がして、顔が熱くなる。

そのまま自分の寝床に向かえばいいのだが、この時、不思議とナノンの足は止まってしまう。

ある意味では彼女らしい事。

自分の知らない事を、知りたくなってしまったからだ。

(……いや、いやいやいや……何考えてんすか私は。プライバシーの侵害っす……っていうか、男の人が寝てるところに聞き耳を立てるとか、なんかこう……変態っぽいんじゃないすか?)

理解しつつも、その足は勝手に医務室の方へと戻っていった。

そこに近づく程、心臓の音が激しくなるのがわかる。

頭の中ではいけないことだと自分を咎め続けていても結局は先程よりも近く、その鼠の耳を扉につけ、文字通り聞き耳を立てる事のできるところまで来てしまっていた。

激しくなる心臓の鼓動をBGMに、二人の声を盗み聞く。


罪悪感とは別に、脳と心臓を苦しめる感情がある。

ナノンはそれまで無自覚だった、あるいは理解できていなかったその正体に気づく。

(ズルいっす……)

『嫉妬』である。

(ズルいっす……ラニさんしか聞けないコルくんの……)

ナノンはコルの事を心の底から友人だと思っている。

異性としての意識が一欠片も無いとは言い切れないが、それでもコルとは友人であり続けたいと思っていた。

ラニも同様である。

強くて格好良くて、コルに信頼されていて、憧れすらあった。

ナノンは今でも、二人とは友人でありたいと思っている。

しかしどうしても、相手が異性である以上超えられない壁のような物があると理解した時、失恋に似た感情を受けるのに、何もおかしな事はない。


結局、二人の声が静まるまで、ナノンは扉の前で荒くなる息を殺して聞き続けた。

悲しみは無く、当然怒りも無く。

最後まで『聞いた』事によって得られた興奮と、最後まで『聞いてしまった』罪悪感。

少しづつ冷静になるにつれて、信頼に背く事をしてしまったという自己嫌悪を抱きつつ、ナノンは二人を起こしてしまわぬよう、もつれる足で音を立てずに部屋に戻った。


その後、心臓を激しく動かし続けた事による疲労感のせいか、着替えて横になるとすぐに深い眠りについた。

いつもより遅く目覚めたナノンはミクノに心配をかけないようにごまかし、精神的な疲労感を残したままあてもなく外を歩く。

(……はぁ、寝て起きても、よくわからないっす。結局私はコルくんのことが好きで、悔しくてあんな事をしたんすかね。それとも、単に自分の知らないコルくんを知ってるラニさんが羨ましかっただけ?……でもコルくんのことはほんとに友達だと思ってるし、ラニさんの事が嫌いになったとかでもなくて……んぐぐぐぐ……)

文字通り頭を抱えて唸るナノン。

傍から見たら変人に他ならない彼女の背後から、1人の男が歩み寄る。

「……ナノンちゃん、で合ってるかな……?」

「……おじさん誰っすか……」

勿論気配には感づいていた。

ここは最近ノヤリス関係者以外の立ち入りが解禁された城内の一部で、団員以外にも国の関係者が通行するのは知っていた、しかしそれにしても、名前まで知られているというのには警戒せざるを得ない。

「おじ……まあいい。君にいい話があるんだ……何、君にとっても悪い話しじゃない……オレは『情報』が欲しいんだ」

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