無いものは、無い
作戦を立てたのはエミイだった。
ピックルはそこまで大きな組織ではないとはいえど、少人数で攻略するのは容易ではない。
その為、あえてチームのほとんどを囮に、裏から叩くという方針で固めた。
実際、王国の騎士であるリラーテにそれを任せた事が功を奏したか、亜人狩り達はリラーテ程の騎士が囮とは考えもせず、ボスの呼び出しに応じて拠点内の守りを疎かにしている。
稀に残った者と鉢合わせるが、その程度で後れを取る面子ではない。
渡月の四人とナノンは慣れた足取りで進む。
「次は左っす、そこからすぐ階段で下に」
「了解」
イーリスが先に使い魔を用いてある程度の屋内マップを作っていた為、亜人達のいる場所にも目星が付いている。
このままならば任務を達成することは容易い。
そう誰もが思うであろうこの状況で、不思議と五人は胸騒ぎの様なものを感じ取っていた。
「……なあナノン、先輩としてはどう思う?」
その感覚を皆感じているか、という確認も無しに、ラニはナノンに問いかける。
「『程よく順調』……絶妙っすね。完全に100%思い通りってなら、何か引っ掛けられてるってのも考えるっすけど……まあ疑いすぎるのも良くないっす」
「だといいのだけれど……ラ二、そういう貴女の直感ではどうなの?」
「むー……まあ大丈夫だろ。なんかあったら、なんとかする!」
そう言ってラニは胸を張る。
エミイが呆れ、ナノンが笑っていると、少し前を先行していたコルとオリセが困った顔で彼女達を呼んでいるのが見えた。
「それじゃあこれはなんとかできそう?」
「なんだなんだ、このラニさんに任せて――」
自信あり気にコルの下へ向かうと、そこには理解しがたい光景が広がっていた。
本来通路があるはずのそこには、確かに通路があった。
しかしところどころが『消えて』いる、と言うべきか。
そこら中に『何も無い部分』があるのだ。
まるで白紙の上に乗せられた絵を一部切り落としたかのように。
世界の下にある『白』が見えているかのように。
ただそこにあるべき空間が無い、としか形容しようがない、異常な光景だった。
「……専門外だ!」
「だそうだけど、専門のお二人は?」
「……もしかしてだけど、私とオリセの事?だったらご愁傷さま、こんな魔術は知らないわ」
エミイに合わせ、オリセも首を縦にふる。
「……ただ、迂闊に触れるべきではない……と、思う」
「そうっすね……幸いにも迂回ルートはありそうっす。ここは無理せずに――」
ナノンとエミイが、マップを確認している中、ラニは周囲を警戒していた。
それにしても、やはりその空間は気になってしまい、一定の距離は保ったまま角度を変えて眺めて見たりする。
(明かりもないのにマップが見えるのはこの穴がほんのり光ってるからか……眩し……あんまずっと見てると目に悪いなこりゃ……)
「……ん……?」
「気になるのはわかるけど、行くよ。次は俺達が後方だ」
「ん、ああ」
「何かわかった?」
「……いやなんも、ただ……ただなんか、見覚えが……ある……ような……?」
ラニは記憶を探るように、首を傾げて考える。
「え、あんなのに?」
「……いや、多分気のせいだ。でじゃぶ?ってやつだな。それよりアレが敵の攻撃だとしたらどうする」
「うーん、それは無いんじゃないかな。結果自分の拠点壊して通路駄目になってるんだし……でもあれ?その場合なんなんだ?まさか自然現象ってんでもないだろ?」
「むー……エミイにもコルにわからんなら私にはわからん」
「はは、でもラニは時々途中式をすっ飛ばして答えに行く時あるから、さっきの感覚も馬鹿にできないかもよ。落ち着いたら記憶を辿って見るといい」
「そうだな。終わるまでに答えがあればそれがいいんだが」
その頃。
ピックル拠点、深部。
「……おや…………ああ、そうか……『今日』か……しまったなぁ」
「っ……ひぃ……っ!やめ……殺さないで……!」
「殺す?キミ、それは勘違い……いや?結果的にそうでもないか。まあ、いいじゃないか。キミらみたいな悪人は多少強引でも『消えて』然るべきだ。幹部なんだっけ、亜人狩りでさぞいい思いしてきただろう?」
「わかった……!もうしない!金も持ってっていい!だから、だから慈悲を!」
「ワタシを神が何かだと?……フフ、まあ悪い気分じゃないね。じゃあ慈悲としてチャンスをあげよう」
「っ……!」
「キミ、『命無き命』を、知っているかい?」




