世界一運の悪かった村
枯れた木と廃墟、そして瓦礫が立ち並ぶ、かつてここにはナドストという大きな村があった。
特にこれといった特徴のないごく普通の村だったが、今では誰もが「世界一運の悪かった村」と呼ぶ。
その理由はこの村が滅んだ理由にある。
竜巻の直撃、大火事、大型の異獣の襲撃、そして村の老魔術師のうっかりで暴走した魔術。
全てが一晩で起きたのだ。
仮に滅びる運命だったのだとしても過剰である。
ここはナドスト村跡地、最悪な奇跡に滅ぼされた、偶然世界一になった村。
コルとナノンは村跡地の入り口前で予め持ってきた資料を確認していた。
「どっかの国の偉い人はその魔術が事件の原因なんじゃないかって言い出したとかで、しばらく色々調査されてたみたいっす、でも土地魔力の質がいいって事しかわからず撤退、それ以降は放置らしいっすけど、なんでも古式魔術?がどうこうとかで……魔術の事はよくわからんっす、資料読み終わりました?」
コルは紐で纏められた分厚い紙の束をナノンに返しながら言った。
「村の歴史がよくわかった、今これ知ってどうすんだって事までね、俺も魔術は全くだけど、読んだ感じこの村は工業の波が来る前にこんなことになったんだろ、今回探しに来たのは何かの『部品』って話じゃなかったか?魔術の話ばっかりでとてもジャンク品が落ちてるようには……」
「あっ……私としたことが説明する時間はあったのに妹の話と機構道具の話ばっかりで……失態っす……ええと先程の事件後の調査の話になるんすけどね、当時出始めの機械を使って調査したらしんすよ。でもそれが持ち帰れないとかで何年もここに捨てられたまま……くふふ、ここまで言えばわかりますよね、さてコル君その部品とは!」
「その魔術師の家の近くにある錆びたパーツ!」
二人は無言でハイタッチをした。
魔術師の家があった場所にたどり着いた二人は瓦礫の隣に小さな塔のような鉄の塊を見つけた。
「魔術に疎い俺でも知ってる、堅い物質は魔力を溜め込みやすい、こんなとこで錆びるほど長い時間魔力を蓄えたパーツなんて最新式のそれにも劣らないな……っ」
荷物から取り出した工具を使い、二人がかりで塔のような塊を分解する、ぎりぎりと不快な音がなり、鼻を刺すような尖った匂いが襲いかかる。
コルは反射的に少し怯んだがナノンにとっては日常的な物だった。
「錆びてる分普通に組むのは無理っすけど魔力中心構造で組めば劣らないどころか勝る可能性すらあるっすよ、魔術が使えなくても魔力の使い道はあるのに、そこんとこわかってないっすよ特にイプイプカンパニー……ん?今なんか言ったっすか?」
ナノンの丸い耳がピクピクと動く。
コルは真面目に集中していたため何も喋っていなかった。
「え?俺は何も……それよりこっちは終わったぞ、ほら見てこれ、まるで宝の山だ」
「宝……そう!そうっす!」
ナノンは持っていた工具を投げ捨て、コルの手を取る、心の底から嬉しさを溢れさせたような表情で。
「これは宝っす!純人の技術!努力!そして文明っす!」
彼女はとても興奮した様子で握ったコルの腕を大きく振る。
「あだだ!もげる!もげるから!」
「っとすいません、これのことを宝っていう人私以外に初めて見たので……ついテンションが上がってしまったっす……へへ」
作業が一通り終わり、二人は顔についた煤を拭き取りすこし休憩することにした。
「これを無事持ち帰れば晴れてコル君も仲間っすか、この部品はかなり大事な事に使うっすから、猪の功績もあるし誰も文句言えないっす、報告が楽しみっすね〜」
肩を回し、腕が繋がっているかを確認したコルは前に感じた疑問を思い出した。
「最初にあった時も思ったけど、ナノンは純人に対してどう思ってるんだ?」
ナノンはわざとらしく悩む素振りを見せてから答えた。
「強いて言うなら機構の生みの親……いや、今聞きたいのはそこじゃない感じっすよね、私も奴隷の在庫としてしばらく繋がれてたことありましたけど、はっきり言って、今は恨んでないっす」
「それがわからないんだ、純人のやってることは恨まれて当然だ、なのにシーモやバハメロ……さん、ラッシーも、今のところ誰も俺をそんな目で見ないんだ、勿論思うところはあるかもだし、そういう団員もいるはず、もっと敵意をむき出しにする権利があるはずなのに……って」
コルはラニと出会って考えを改めた日から、亜人の現状に対して罪悪感を感じていた。
実際に手を出した訳でも、見下した発言をしたこともないが、ラニを知り、活力に溢れた亜人を見るほど、過去に数度だけ見た虚ろな目の亜人との落差で罪悪感は重くのしかかる。
いっそ数発殴られていれば腑に落ちていただろうが。
「私は極端で、妹と機械いじりがある今が楽しいから……って感じっすけど、コル君の言うとおりみんな思うところはあるかもっすね、私みたいに割り切れた亜人、実は黒いものを抱えた亜人、明らかに純人嫌いな亜人もうちにはいるっす」
「そんなところに、俺が行ってもいいのかな」
「ノヤリスは最終的に平等に人としての権利を勝ち取るのが目標っす、そのためにも敵対しない相手への暴力、殺生は禁止……これは純人も同じっすね、もしそういうことしたら懲罰……最悪除名っす、どんなにトゲトゲしてても皆ノヤリスにいたいし、誰も追い出すようなことしたくないんす、だから大丈夫っすよ」
「……それに――」
ナノンは立ち上がり、服についた砂と煤を落とす、するとズボンに空いた小さな穴から飛び出た細い尻尾がゆらゆらと揺れる。
「コル君、この尻尾をズボンの中にしまって、大き目のフードとかで耳を隠せば、どうっすか?」
言葉の通り尻尾をしまい、耳を両手で抑えて畳んだナノンはぱっと見――。
「どうって……純人に見えるって話?」
「今見えるって言いました?ならこれで町に行けば純人は対等に接してくれるっすかね」
ラニと真の意味で対等に接してきた彼にとって、これは考えるまでもなかった。
「無理だな」
抑えていた両手を離し、鼠耳がぺらりと元の形に戻る。
「それは何故っすか?」
「なぜって前提から対等ではないから?耳畳むと聞きづらいでしょ、それに亜人側が我慢してるし、これじゃ今とさほど変わってない……なんでこんな話?」
「へぁー……時代遅れな髪型の癖にいい男っすね……」
「ほんとになんの話!?っていうかこのヘアスタイル格好いいとおもうんだけどなぁ……ラニにも前同じこと言われたし……」
「へへ、冗談っすよ、でもこれでわかったっす、コル君は罪悪感も責任も感じすぎっす」
尻尾をズボンの穴に通し直し、コルの隣に座り直す。
「簡単に言ってコル君は亜人たらしっす、話せば大体の亜人は警戒を解くでしょうね、あ、亜人がチョロいって訳じゃないっすよ?ただありのままの亜人に対してありのままの自分で話せる純人なんて滅多にいないって話っす、まあ要は『トゲトゲした亜人たちの不満が爆発する前に組織に溶け込めるでしょう』ってことっす」
「そ、そんな無茶苦茶な!」
「いいえ、無茶じゃないっす」
ナノンは再びコルの手を握る、先程よりも優しく、しかし力強く。
「趣味が合ったとは言え、2日前に出会ったばっかりの私がここまで信用してるんすから、これはもはや魔術みたいなもんっすよ、詳しくないっすけど、もし駄目でも幹部の名にかけて、私がコル君を守るっす」
数秒の沈黙の後、ナノンの顔が赤くなる。
「……勘違いしてないっすか!?と、友達としてっすよ!?さすがに2日で惚れたりしないっす!チョロくないって言ったばっかりっす!!」
「そういう沈黙じゃないわ!!亜人たらしとか聞き慣れない褒め方されて照れてるところに特大情報ぶちこまれて唖然としただけだわ!幹部なの!?」
「はぁーもう顔熱……あれ?シーモさんに聞いてないんすか?」
「聞いてないっす……なんというか意外というか」
「実はこれでも幹部……所謂ノヤリス創設メンバー8人の内1人っす、団員番号は6番っす!まあ皆家族みたいな感じだから幹部なんて形だけっすけどね」
「入団できたら形式上は上司になるのか……?なんでそんな大事なこと教えてくれなかったんだろう……」
二人揃って目隠しの男に思いを馳せる。
真っ先に思い浮かんだのは、いじけて帰った彼の残した置き手紙だった。
「「……あー、タイミングが……」」




