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亜人解放団ノヤリス  作者: 荒神哀鬼
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とある亜人の回想『音』

ある日の穏やかな昼下がり。

カロロは窓辺で本を読んでいた。

空は晴れ渡り、日の光が無慈悲に肌を焼く季節。

窓を開けて風を感じなければ、蒸し暑くて本も読んでいられないのだ。

迷路の森に生息する虫の声も、離れていればそこまで耳障りではない。

カロロはあちこちから本を集めて読むことに夢中だった。

ある時は神話の英雄譚、ある時は魔術に関する古文書、新しい本が手に入らない時はリンの書きためた献立表を読んだ。

安心できる居場所で文字を見続ける事が、まだ幼いカロロにとっての数少ない幸せ。

「……?」

ふと違和感を覚え彼女が視線を手元から上げた時、見える世界は少し変化していた。


知識を得たことによって視界が広がったというだけではない。

仲間が増え、組織と拠点が徐々に拡大し、人と廊下ですれ違う事が増えた。

「……っ……チ、チャシさん……」

人見知りの彼女は友好的な大人に助けを求める。

しかし彼もまた変化していた。

非力だった男は仲間の為、強くなっていた。

それを理解した途端、カロロは顔が青ざめて行くのを自覚した。

焦燥感である。

共に組織を立ち上げた仲間達は研鑽を重ね、それぞれ力を手にしていた。

それに対し自分はただ本を読みふけっていただけ。

(……ボクも強くならないと……自分なりのやり方で……)

カロロは改めて蔵書を漁った。

自分の体力の無さは知っていたので、魔術を覚えるしかないと思い、その様にした。

その時あった5冊の魔術に関する本を、文字通り三日三晩読み続けた。

魔術とは才能、産まれた時点で魔術使いになれるかどうかは決まっている。

カロロは運良くその条件をクリアしていたのだが、その反面運悪く5冊の本はどれも若い魔術使いが扱う様な優しいものではなかった。


最初から上級者向けの魔術身につけようと無理をしたカロロは、結果として現存する魔術使いでも扱う者は稀な『音魔術』を会得した。

しかし代償として、彼女が生涯で覚える事が出来たであろう魔術の6割を扱えない体となった上、度重なる身の丈に合わない詠唱の行使により、発声に使う喉の一部に傷がつくという結果にもなった。

後者は音魔術で声量を調整することでカバーできるというのが不幸中の幸いと言える。


(これでボクも戦える。皆の役に立てる)

実際、苦労の甲斐あって音魔術は戦闘で活躍した。

それは良かった。

しかし都合の悪い事に、加減の分からないうちはすぐに喉が潰れ、それにより解放した新たな仲間とのコミュニケーションの類は一切取れず、彼女の人見知りはさらに加速した。

そんなカロロに対し、徐々に明るく快活になって行くチャシのおかげで、彼女は居場所を保つ事ができた。

喉を潰して帰路につくのは、もはや恒例になりつつある。

「……ご……けほっけほっ!……ごめんなさい……」

「良くないな、無理は良くない。礼はいいから喉を休めな」

「うむ!チャシの言う通りである!カロロの手助けのおかげで今日も皆無事!帰ったらリンに食べやすい物を用意して貰わねばな!」

「……違う、んです……けほっ……音魔術は……ボクは……もっと……!」

彼女は無理をして魔術を身につけた。

彼女は無理をして戦闘に参加するようになった。

音の壁や音波による防御も、音魔術本来の使い方を恐れ、中途半端に外れた無茶な使い方をしているだけだった。

カロロは焦りと苦しみを抑えきれず、潰れた喉に鞭をうちながらこれまでの無理を、チャシやバハメロ達に吐き出した。


その翌日から、カロロは他の魔術使いとも少しだけ交流を始めた。

無理のない範囲で、本以外からも知見を得るため、チャシの影に隠れながら。

特殊な経緯で会得した音魔術に関するものはあまり得られなかったが、基礎となる部分を見聞きした事で出力、持続力が向上した。

カロロの恐れた音魔術の持つ『本来の力』を知りながらも、チャシ達はそのままのカロロを笑って受け入れた。



(そんな居場所が好きだった……守れるようになりたかった……なのに……)

団員番号4番。

この場にいない1番の団長、2番の参謀、3番の豪傑。

その次を任された彼女は今、戦闘員としては新参の2人に守られている。

「……情けない……」

「!リーダー、無理しないで。ここは――」

「無理なんてしてません!」

「!?」

突然の大声を前に、ヨンヨンだけでなく戦闘中のデールさえも驚いて目を丸くする。

「ボクは無理をして力を手に入れたし、無理をして戦場に立ちました……でももう無理なんてしてないんです!これはもうボクの力で、ボクの『使命』なんです!」

カロロは力強く立ち上がる。

目の端にはうっすらと涙が溜まっており、声もわずかに震えているが、それでも立ち上がって前を向く。

明るく騒がしい大男が、『よく言った!』と背中を叩いた様な、そんな感覚が、カロロを一歩前へと進ませた。

彼女の青い翼が信念を表すように大きく広がり、その場にいるすべての生物に『威厳』のような何かを感じ取らせた。

「なんだこの感覚……まるで、師匠みてえな……」

「……亜人解放団ノヤリス団員番号4番、カロロ!ボクはこの作戦指揮を任されたリーダーです!だからボクはここで頑張る『義務』があるんです!」

「ふむ……」

その気迫に応えるかのように、柱に閉じ込められていた異獣が数匹一斉に解き放たれた。

獣に例えようにも特徴の歪すぎるそれらは、等しくカロロ達を獲物として見ている。

「これからすることは無理でも無茶でもありません……ボクならできる、精一杯の力です!」


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