色々と、詰め込んで
二人は自覚が無かっただけでノヤリスに所属する少し前、逃亡生活の時点で少なからず互いに好意を寄せていた。
ハッキリとそう思ったきっかけの様な出来事は無く、共に旅をする中で少しづつ、お互いの隣に居心地の良さを感じていた。
そんなあやふやな始まり方とは正反対に、まっすぐ一直線に思いを伝えるラニ。
彼女より少し先に想いを自覚していたコルは驚きを隠しきれず、顔を赤らめて蹲ってしまった。
「マジかぁー……」
「?」
膝を折って目線を合わせるラニ。
咄嗟に10秒待つように言った以上、返事は10秒で決めなければならない。
コルはその僅か10秒であらゆる事を考えた。
現在、ノヤリスはこれまでにないほど安全な平和を享受している。
しかしそれは、言うなれば嵐の前の静けさで、そう遠くないうちには、これまでに無いほど大きな戦いが始まる予兆でもある。
そんな状態だからこそ、これは今やるべき事なのだと半ば自分に言い聞かせ、赤くなった顔を上げる。
「ラニ」
「ん、なんだ」
コルは深く息を吸い、まっすぐラニの瞳を見つめる。
「俺も、ラニの事が好きだよ」
「そうか。で、話は戻るんだが」
果てしない緊張の中で返事をしたコルとは裏腹に、気持ちを伝える難しさをいまいち理解していないラニはあっさりとしている様だが、無意識に顔が緩んでいる。
「特別に好きだったらどうすればいいんだ?リンに聞いた感じだと関係がちょっと変わる?んだろ?」
「まあ、そうだね。俺達は今日から相棒兼恋人、ってことになるのか……なんか実感無いな」
「コイビトって具体的にはどんな関係なんだ?」
「うーん、色んな形があるとは思うけど……要するにこれがずっと一番近い場所で、一番大切な相手だと思い合う事……かな」
聞かれた事に対し、思うままに答えただけとは言え、何やら気恥ずかしい事を口に出したという自覚はあった。
しかしやはり、ラニはその事に気づかず、無垢な瞳のままコルを見つめる。
「今まで通りみたいで今まで通りじゃないみたいな、変な感じだな」
「ほんとにね、気持ちや関係性には形が無いから」
「分かりにくいな」
「……ラニ、ちょっと来て欲しい」
コルはラニと共にロッサ号内の小さな工房エリアを訪れた。
見た目通り、新工房とプレゼン用の設計図作成の件により、ここには誰もいなかった。
(少し重いかもな……)
そうは思いつつも、ラニ相手なら大丈夫だろうと打算も込めて、作業に取り掛かった。
ラニが見守る中作業はスムーズに進む。
十数分程経過した頃、作業台の上には一組のペアリングが出来上がっていた。
「指輪?」
「恋人の証、お揃いだ。これならわかりやすいかな、みたいな……だからその、受け取って欲しい」
お互いに、左手の薬指にリングをはめる。
銀色の指輪はその場にあるもので作ったとは思えない程綺麗に輝いていた。
ラニは指につけた自分の指輪を灯りに照らし、優しい笑顔で眺めている。
「お揃いって、なんか嬉しいな。大事にしなきゃだ……あ、戦う時とかこっちの手使ったら汚しちまうか?」
「あっ、それは考えてなかったな……」
「それは嫌だな、そういうときはこっちだけでも手袋とかつけるか」
「俺もそうしようかな、作業中とか汚さないように」
ふと視線が合い、初々しく笑い合う。
形にしたことでようやく、お互い恋仲になった自覚が芽生えてきたのだろう。
「凄いな、こんなに小さいのに、色んな気持ちになれる」
「そりゃあまあ?色んな気持ちを込めましたから……将来的にはもっとちゃんとした綺麗なやつにしたほうがいいんだろうけどね」
「そうなのか?」
「そうだよ、もっと、もっと気持ちを詰め込めるんだ。小さいままでも、もっと……」
コルは指輪に視線を落としたまま、固まってしまった。
「どした?」
不思議に思って顔を覗き込む。
しかしその表情を見れば一目瞭然。
コルの脳内に、何か『閃き』が舞い降りたのだ。
「ははっ、我ながらとんでもない事を考えちゃった。ラニのおかげだ」
「……!そうか、お前の役に立てて良かった」
「プレゼン大会まで時間がない。今から設計図を作る!ラニは……そうだな、側で見守っててくれるか?」
「任せろ、相棒兼恋人だからな。応援も二倍だ」
翌日の夕方。
記念すべき新工房で一番最初に作る物プレゼン大会は激戦を繰り広げていた。
「ふっ、他愛ない……他愛ないっすねぇ……!」
彼らが求めるのはひとえに『作り甲斐』。
元より大作であったナノンロイド0号を、国からの資材により実践的に改良しつつ、0号が実戦投入されなかった原因である他のナノンロイドの様な収納ギミックを理論上可能にする設計図は、作り手達の心を揺さぶっていた。
自分の持ってきたそれよりも、『大作の予感』を感じさせるナノンのアイデアは、大会をぶっちぎりで優勝しようとしている。
しかし彼女にはある予感があった。
あの男が現れ、ライバルとして立ちはだかるであろうと。
そしてその予感は見事に的中する。
「待っていたっすよ、私を唸らせる相手を……!」
大きく開かれた工房の扉から漏れ出す、白い光。
その中から現れたコルに視線が集まる。
オーディエンスも含め、鋼華に属する団員がほとんどいる工房は、異様な熱気に包まれていた。
「えっ、何そのテンション……っていうかなんで灯り消してんの……?」
「わかってないっすね……これは『大会』っす、そして勝者の決まったこの場面に、待ったかけるということは……」
「……そうだ、飛び入りさせてもらうよ」
「フッ、顔色でわかるっす、今まで徹夜で作り上げたっすね?期待してるっすよ」
(……昼に完成して今までラニと『恋人』らしい事してたって言える雰囲気ではないな)
コルは普通に浮かれていたが、設計図は文字通り全身全霊をかけて作り上げたものだった。
ナノンを含む他の団員達も、そうして作った設計図を持ち寄ったのだろう。
しかし作業用のテーブルの上に広げられた設計図を一目見た彼等は皆、食い入るように集まってそれをじろじろと読み込む。
「何よこれ無茶苦茶な事書いてるわ!」
「面白いけど理屈が不完全だ、時間が足りなかったのかな?」
「ははぁ……なるほどね……一人で作れないからここで皆の力を借りようと?」
「相当器用じゃないと使いこないだろこれ……いや、器用だから思いつくのか?」
それぞれ否定的にも取れる言動をぶつぶつと繰り返しているが、制作の決まっていない一つの設計図でここまで意見が交わされるということは、それだけ注目されているという事である。
それどころか、現時点で優勝候補のナノンですらその輪の中に入っていた。
「ナノンロイドの技術をここまで応用されたのは初めてっすよ。これ1個にどんだけ技術と資材詰め込むつもりっすか?」
「それが今回のコンセプトだよ、もうプレゼンするつもりだったことは、皆わかってるみたいだけど」
ざわめきが収まらない。
一見でたらめなその設計図は、見れば見るほど現実味を帯び、技術者達の心をくすぐる。
「これは俺が使う物だから、俺が作るべきだった。でも俺だけじゃ作れない。皆の力を貸して欲しい」
一瞬の静寂。
優勝候補が軽く息をついて椅子に腰掛け、両手を上げたのをきっかけに、ざわめきは次第に拍手となった。
喝采の中、既に作業の準備を始めるものが少なからずいた。
彼らは皆、そのでたらめを実現したくて溜まらない。
それはナノンもそうだった。
自分の持ってきた資料を片付け、肩を慣らす。
「さぁ、やるっすよ〜、私の役割は多そうっすからね」
「……悪いな、優勝かっさらった上に手間取らせて」
「煽りっすか?煽りっすね?」
「違う!そんなつもりじゃ!」
「……ふふ、冗談っすよ。さあさあ!団長達の話がいつ動くかわからない以上、ちんたらもしてらんないっす!まずはそうっすね……」
ナノンは設計図の隅、『名前、超万能臨機応変、まるで魔術のよう、器用なやつはなんでもできる(仮)』と書かれた場所を指さす。
「早く名前考えたほうがいいっす、ここだけ何事かと思いました」




