ラニは感覚派②
ラニの体内魔力を残っているだけ使い放つ技、『紫鬼砕』。
魔術と呼ぶにはあまりにも強引なそれをラニは『奥義』と呼ぶ事にした。
それならばなんとか魔力無しで使えないものかと、数分の悪足掻きを経てようやく諦めがついた彼女は、エミイとオリセに礼を言ってから解散した。
軽い水分補給の後、ふと脳裏によぎった相手にこの事を共有したくなり、足を進める。
幸いにもここ数日、その相手は同じ場所にいる為探す手間も省ける。
新設された鋼華の工房にて、目の下にくまを作りながらも作業に打ち込む技術者の中に、彼はいた。
「――つー事があって、私は必殺の奥義を手に入れたって訳だ」
「そりゃ凄い。ロマンがあっていいじゃないか」
ラニの到来により作業を中断したコルは気分転換も兼ねて、余った建材で工房の外に設置されたベンチに座り息をつく。
基本的に察しの悪いラニでも、コルの表情があまり明るくない事くらいは理解できた。
「俺の方は全然だ、なーんにも思いつかない」
ラニが奥義の習得に心血を注いでいる間、コルはというと、手放した自身の最高傑作『アロルの小銃』に変わる装備品の開発に取り組んでいたのだが、まるで閃きの神に見放されたかのようにアイデアが降りてこない。
せっかく使える資材があるのに何もしないのも勿体なく感じ、ガラクタじみた小道具をいくつか作り上げては、しっくりこない命名を繰り返していた。
「あれか?スランプ、ってやつか?」
「……そうだなぁぁ……ハマる時はハマる事だけど何も今じゃなくてもぉ……ぐぎぎぎ……」
「うーん、1回休憩して……は今やってるもんな」
「今日は1日休憩しまくりだよ、ぜんっぜん作業が進んでない」
「……飯を沢山食べる、とか!」
「昨日一緒にお腹いっぱい食べたのがまだ胃に残ってる感じあるんだよな。腹持ちがいいのも困り物だ」
「ああ、美味しかったな昨日の晩ごはん」
「うん……美味しかった、けど……あ〜〜なんか急に閃きの種とか落ちてないもんかなぁ〜〜〜!」
コルは頭を抱え身を捩る。
ラニはなんとかしてやりたいとは思うものの、機構技術的な話を理解できないのは今に始まった事ではない為、歯痒さを抑えながら一緒になって身を捩る。
「……!そうだコルも――」
喉に言葉が詰まる。
『自分が先程そうした様に、誰かその分野が得意な仲間に意見を聞くのはどうだろうか』、という趣旨の言葉を吐き出そうとしたはずなのに、不快感の様な、嫌悪感の様な感覚がそれを咎めた。
「……?」
会話相手が突如動きを止めたのだから、突然コルは怪訝そうな表情を見せる。
だが本人もその様な表情を見せるのだから尚更不思議で仕方ない。
「……どうかした?」
「え、いや……少し待ってくれ、なんだ……?」
ラニは腕を組み、首を傾げて考え混む。
(私は言いたくないのか?何故?私じゃ助けにならないんだぞ、テキザイテキショでいうならナノンとか……いや、なんならミクノですら私より詳しいだろうし……)
理屈の上では理解しているはずなのに、どうにも引っかかる重たい感情がノイズとなる。
しかしラニの脳はそれを処理しきれず、散らかった机をひっくり返して飛び出すように戻ってきた。
「……駄目だ!なんか……私の頭じゃ考えられない難しい事になって来た!」
「ええ!?今の一瞬で何が!?」
難しい事を考えるのはラニの得意分野ではない。
こうして『わからない』と切り捨てた以上、別の事を考え次に進むのがラニだった。
今回もその様に、『何故か嫌だからその提案はしないでおこう』というシンプルな結果になる、そのはずだった。
しかし次の瞬間、ラニは不快感の正体を理解する事になる。
視界の端、少し離れた所にいるナノンが映り込んだ。
工房から出て、背伸びをする彼女は、コルのように作業を中断して、或いは自分の作業が一段落ついて休憩がてら外に出たのだろう。
(あ、ナノンもこっちに来るな)
休憩にうってつけのベンチは現在、ここに一つしかない。
何故だか、心臓の音が鮮明に聞こえる。
(ナノンの事は好きなのに、なんでだ?今は……今はこっちに来てほしくない……?)
コルがナノンの存在に気がつき、口を開こうとする。
十中八九、彼女を呼ぶのだろう。
そうすれば、自分より機械に詳しい彼女によって、コルの悩みはあっという間に解決してしまうのかもしれない。
(それでいいはずなんだが、だって……私にはわからない分野だ。『私以外の方がコルの助けになる』)
不快感の正体は、相棒でありながら助けになれていない『悔しさ』だった。
しかし、それだけでは説明がつかない、ラニの知らない感情が渦巻いている。
それ自体はずっとあったものだ。
知らず、理解できず、放置し続けた物だった。
「おーい、ナノ――」
(……っ!駄目だ、コルが『取られる』……っ)
その感情が今、理解されないまま、本能的に体を動かした。
「……今誰か呼んだっすか?……誰もいない……え……怖……」
コルが認識できたのは突然体を持ち上げられ地面から離れた事だけ。
声を上げる間も無く工房の屋根に運ばれたコルは、その間の分を取り戻す様に瞬きを繰り返す。
「はぁ……はぁ……」
「いつの間に……な、なんでこんな所に?」
「つ……」
「……つ?」
「つい、カッとなって……」
「そんな新聞みたいな……じゃなくて、さっきからなんか変だぞ、大丈夫か?具合が悪いとか嫌なことがあったとか……」
コルからはラニの表情が見えない。
しかし、どうにもただ事ではない、そう感じた。
理由は単純、いつもよりほんの僅かに、声が震えているからだ。
「……私、やっぱ変だよな。私も今そう思ってんだ。なんか急に色々考えたせいか頭の中がぐちゃぐちゃになってて……なんで今、こんな事したんだ?」
声は震えているのに、喋り方はいつもとあまり変わらない。
恐らくラニ自身に、震えている自覚が無いのだろう。
「……なんつーか、わかんねえけど、自分が怖いと思ったのは初めてだ……悪い、ちょっと頭冷やしてくる」
「っ、待って!ラニ!」
コルの静止を聞き入れず、ラニは身軽に飛び降りてロッサ号の方へと向かっていった。
「……一人じゃ降りれないんだけど……」




