出発 っすね!
ノヤリスのアジトに到着した次の日の朝。
コルはシーモに鉄でできた小さな建物に案内された。
ガン、ガンと硬いものをぶつける音が響く。
「ここはいわゆる開発室さ、君に紹介する人がここにいるんだ」
さらにガリガリと何か削る音がする。
「すごい音だけど……どんな人なんだろう」
「安心したまえ、普通の女性さ、コルくんと歳も近いし趣味も合うだろうね」
シーモが鉄製の重々しい扉を開ける。
「お邪魔す――」
瞬間、爆風と黒い煙がシーモを襲う。
「シーモ!?」
「ケフ……コルくん……ワタシはここまでみたいだ、後は……任せた……よ……」
「いや何茶番やってるんだよ」
「ノリ悪いなあ、一度やってみたかっただけさ」
煙を払いながら中へ進む、すると奥から煤だらけの女が、同じく煙を払いながらこちらに向かってきた。
「シーモさーん!ごめーん!大丈夫すか!?」
「フフ……また随分と派手にやったね」
その女も当然亜人、茶色の髪の上に丸い耳がついていた、彼女は鼠の亜人である。
「ケホッ、今日は工具をうっかり落としちゃって そしたらたまたまその下にあったのが一番不安定な動力装置っすよ? 今回は私は悪くないっす!運が悪かったんすーー!」
「まあまあ、愚痴は一旦後にしてもらおうか、君に任務を渡しに来たんだ、それと紹介したい人がいてね」
シーモが任命書を渡す、ここに来る前にバハメロから受け取った物だ。
「何々……!やっとあれを取りに行くんすね!この随伴の監視って……?」
「彼の事さ、ほら、自己紹介」
爆発から唖然としていた背中を押し出されてようやく意識が帰ってきた。
(慣れないとこれから大変だな……)
「俺はコルトリック、長いからコルでいい、です」
「…………純人?」
先程まで何かに失敗しても笑っていた元気娘から発せられる静かな声に背筋が凍る。
さらに探るような目線。
亜人と純人の軋轢を決して忘れていたわけではないが、コルはこれからの任務に同行する相手は流石に穏健派だろうと思っていたのだ。
弁明しなければ、と口を開こうとした瞬間。
「あ!分かった!昨日の亜人狩り襲撃作戦の時にいた人!!」
「え?……ああいたけど……え?」
「どっかで見た気がしたんすよ!……どしたんすかポカンとして、っといけない、私の名前はナノン、気軽に呼び捨てでいっすよ!」
換気扇が稼働し、部屋の外に煙が流れ出た、すると今まで見えなかった物が見え始める。
それらは一見すると鉄の塊にしか見えなかった。
「ん……おおお……」
だがコルにとっては違った。
想定外の反応で丸くなっていた目がたちまち光り輝く。
「これ全部機構が組み込まれた道具だったのか!しかもすごい精密な調整だ……!かっこいい……これはナノンが?」
「……!っす!この子たちは全部私制作の発明品!通称ナノンロイドちゃん達で……ふっふっふ、コル君キミわかる口っすね?」
「趣味で物づくりをちょっとね、こんなに大規模な物じゃないけど、すごいなあ……あっ、ここはどうやって回してるのか聞いてもいい?」
「いいところに目をつけたっすね!そこは一見噛み合ってないように見えてなんとここのバネのおかげで……ほらこの通り!これは全部拾ったガラクタから作ったんんすけどこのバネだけは自分でイチから作ったから魔力伝導も良くて――」
「フフ、趣味が合うとは思っていたけど、本当に仲良しだ、でもワタシの事を忘れるのはやめてほしいな、おーい、おーーい……」
それから数時間後。
「いいなあこの構造!俺も次から規格を合わせて組み込んで……あれ?シーモは?」
「あれ?はっ、しまった!すっかり忘れてたっす!」
二人の前の机にはシーモからの手紙が置いてあった。
『盛り上がってるのを邪魔するのも悪いからワタシは帰ります、まあ?紹介するって役目は果たしたし?別に気にしてないけど?任務も渡したし?他に言うことないし?それに――』
その後もいじけて帰ったシーモの手紙は続いた。
「……さ!シーモさんには後で謝るとして、そろそろ行きましょう!私はかわいいかわいい妹に一言言ってくるから、外で待っててほしいっす!」
しばらくの間、言われた通りに外で待っているとナノンが大きな鞄を担いで出てきた。
「結構な大荷物だね……」
「私が作るのは何かとこうなりがちなんすよねえ、だからコル君の作る物のコンパクトさが羨ましいっす」
ナノンはそう言いながら鞄に何かを結びつける。
「お守り?」
「うん、今妹からもらったんすよ、ミクノちゃんっていうんすけど、これがもうかわいくてかわいくて……ほら!ミクノちゃんの為に早く行って早く帰りますよ!目的地の近くまでは馬車で行くから、この話は道中沢山聞かせてあげるっす!」
馬車と言う単語を聞いたコルの顔が徐々に青白くなる。
「ひぇ……馬車……またあれに乗るの……」
コルは前日の悪酔い馬車が軽くトラウマになっていた。
「あー……昨日ラッシー君のだったんすよね、大丈夫っす、シーモさんが昨日頼んでくれたみたいで、今回はちょっと遠いから多分リッキーくんじゃないすかねえ」
「そのリッキーくんなら酔わない……?」
「あはは……本当に怖かったんすね……簡単に説明しておくと、うちには"送り猫"っていう移動部隊があってですね、まあ部隊って言っても3人なんすけど」
ナノンの話によると"送り猫"は猫の亜人の三兄妹が馬車を使って各地に団員を送り出すチームだという。
速さが全ての長男ラッシー、持久力の次男リッキー、そして安全第一の長女ナッチー。
今回はその次男、リッキーの馬車だそうだ。
「よかった……もう縛られてないとは言え2日連続であんなのに乗ったら現地につくまでに死んじゃう……本当によかったぁ……」
アジトの出入口の近くにある乗り場につくと、そこにいたのは見覚えのある荷台と猫の少年だった。
「お!昨日ぶり!話は聞いてるぜ!連続でこのラッシー様の荷台に乗れるとか運がいいな!純人!」
「嘘つき!!」
「ごめん!全然リッキー君じゃなかったっす!」
「ふふん実は最初はリッキーの予定だったんだけどな?なんかついさっきシーモがまた頼みに来て、急遽行きの便はこのラッシー様の馬車で送ることになったぜ!嬉しいだろ!」
「よし!帰ったらまず謝ってからシーモを殴ろう!」
「っすね!」
「よおしそれじゃあしゅっぱーつ!!!」
言うや否や馬が走り出す、迷路のような森を迷いなく進む、こんなに急いで馬はよく木にぶつからないなあ、根っこで転ばないなあと、考えることができたのもつかの間、段々と気分が悪くなり。
森を出る頃にはコルとナノンはすでにぐったりとしていた。
「こっから2時間くらいで目的地だぜ!!!」




