着陸日和 建築日和
大陸の北東に位置するミスタル王国。
この国は元々、一つの輝く鉱石から始まったと言われている。
一人の女性がその石に纏わる数々の苦難を乗り越え、最終的に国を作った。
遥か昔よりミスタルに伝わる建国の物語だ。
今は国の北側にある岩山を越えた先に王都を構えている。
伝統ある地下鉱脈を掘って出た鉱石を、魔力の籠った者は触媒に、そうでないものは装飾品として加工、販売するのが主な収入源であるこの都市は非常に豊かと言える。
北の寒い地域であるにも関わらず、辺りの岩山が風を抑える為街の中は暖かく。
取り除きにくい岩を避けた結果もあるが、強風が吹かないので横幅よりも高さのある建造物が多い。
背の低い建物に慣れた観光客はそんな街を夜に歩き、天まで伸びるかのような建物の側面についた無数の明かりを見上げて、こう零すと言う。
『まるで輝く岩……鉱石の中みたいだ』と。
都市の名は『エルテナ』
栄光あるミスタル王国の王都にして、光り輝く原石の都。
エルテナは凹凸の激しい高低差のある土地で、王城区域は上の方にある。
認識阻害の魔術を纏い、夜闇と曇に隠れて、街の国民に気づかれずに城の庭にロッサ号を降ろす事に成功した。
しかしそれはあくまで民の話。
未知なる技術に唖然としながらも、警戒心を剥き出しに城の兵士達がロッサ号を取り囲む様に集まる。
「武器を納めてください」
「……女王陛下!?それに騎士団長殿も、えっと……はっ、大変失礼致しました!」
兵士達はロッサ号から降りて来たイーリスとリラーテ、そして彼女の愛馬を見て、混乱しながらも武器を納めて姿勢を正す。
「この場の兵士に通達!船の事は超高レベル国家機密となる為他言は厳禁とする!そして客人の事にも関する新たな任務に関して後日通達を行う!それまでこの船及び庭に近づくな!これは女王の命だ。では諸君、召集をかけるまで解散!」
「はっ!」
兵士達は命令通り、統率の取れた動きでその場を去る。
船の事が気になるであろうに、振り返る者は一人もいないその様子に忠誠心が表れている。
「さて少し緩んだ気持ちを正さねばなりませんね……バハメロさん」
「む」
「これから私は亜人狩りの件を進めます。協力条件の拠点設置に関してですが、資材はあります。しかし建築家の準備に時間がかかると思われます」
「ふむ、であれば我々自ら作るのがいいであろう。願う形を説明するのも難しいであろうからな」
「そうしていただけると助かります。とはいえ本日はもう暗いので、作業は明日にしてはいかがでしょうか」
イーリスはその後、バハメロと少し話してからリラーテと共に少し駆け足で城内に戻って行った。
翌日の昼。
リラーテはノヤリスにこれまで情報を纏めた書類の山を渡す為、改めて庭を訪れた。
(改めて見ても大きな船だ……これが空を飛ぶなんて)
書類を抱えたまま、ロッサ号を見上げる。
見上げるほど大きい建造物は、ミスタルではそこまで珍しくもない。
だがそれが空を飛ぶとなれば話は別だ。
(船内で軽く理屈を聞いたけど……まるでわからなかった……あれは説明が下手とか濁してるとかじゃなくて、私の理解力が足りなかったんだろうけど)
そんなイーリスでも、流石にどこから船内に入るかはわかっている。
(でも今回は書類を届けるだけ、入口付近で誰かに会えればそれで……)
ロッサ号の向こうから声がする。
イーリスは書類を落とさないように、その声の方へ向かった。
「なっ」
そしてその先が見えた時、イーリスは大きく目を見開く。
ロッサ号の陰に隠れるくらいの大きさではあるが、立派な建物が一つ、ほとんど完成した状態でぽつんと置かれていた。
「お、あれイーリス?」
「あらホント、相変わらず美形ねぇ」
建物の屋根から白い悪魔系の亜人が手を振っている。
「なんか渡しに来たっぽい?あたいちょっと行ってくる」
そう言うと彼女は屋根から飛び降り、身軽に着地してイーリスの元に駆け寄ってきた。
「一応初対面か。あたいはアリッサ。そっちの事は知ってるよ」
「あ、ああよろしく。今日は書類を届けに来ました、バハメロ氏にお渡し頂きたい」
「はいはい任せて」
アリッサは書類を受け取ろうとした自分の手が、煤で汚れているのに気が付き手を引っ込めた。
「っと、おーいベーズ!ちょっと降りて来な!……ちょっと待ってて、あのオカマに持ってかせるから」
「誰がオカマですって!?」
アリッサの様に飛び降りず、きちんと梯子を使ってゆっくり降りてくるベーズからのツッコミに苦笑いしつつ、イーリスは素直に疑問をぶつける事にした。
「……こんなに早く立派なモノを建てるとは思いませんでした」
「ほんとにね、お陰で今日は皆早起きだ」
「……早起き?」
「?うん、朝早くから今まで、うちの作り屋連中総動員さ」
(……っ!?一晩ではなく、今日だけでこれだけの建築を……?)
「皆広い開発拠点欲しがってたから張り切ってんだよね。やる気がある時だけ手が早いんだよなー。あ、ちゃんと弁えた広さにはしてるよ?あんまでかいと目立って問題だし。」
(まだ完全ではないけど、これだと今日中に完成して明日には拠点としての活動が始まるのでは……この生産力は亜人の力というより、団員としての統率力……?)
「おまたせ〜♡待った〜?」
「待った、この書類団長のとこに持ってってほしいんだって」
アリッサがベーズに掌を見せながら、イーリスの持つ書類の山に目を向ける。
「ふうんそゆこと、いいわよ」
「お願いします、ベーズ氏」
「任せてちょうだい♡」
二つ返事で書類を受け取ったベーズは二人に連続ウィンクを送り、ロッサ号に向かって優雅に歩いて行った。
(……何にせよ、彼らの底はまだ見えないな)




