まるで、おとぎ話の様に
目的地、王都まで約一日と数時間。
もっと早く到着する事も出来るが、ロッサ号があまり目立つと良くないので、魔術使い総出で認識阻害の魔術を纏わせるつもりではあるが、高度な魔術故に、夜闇で誤魔化す必要がある。
その為に選ばれたルートで、空が曇り月の隠れる夜に到着時間を合わせる必要があると判断された。
ロッサ号内部、広めの空き部屋。
倉庫として使う予定の部屋だったが、イーリスとリラーテを招待したこの部屋はこの瞬間に客室となった。
「わ……お……おお……」
普段イーリスの警護に文字通り命を賭けているリラーテも、窓に齧りつき夢中で景色を見つめている。
「くす、楽しそうですね」
「!ご、ご心配なく!警戒は解いておりません!もしこの船が今から爆発しても、女王様を無事に着地させると約束しましょう!」
「頼もしい限りです。ですが、こう考えてみてはいかがでしょう。ここは同盟相手の拠点。それも、外敵が簡単には手を出せない空の上。少しくらい、気を緩めてもいいと思いますよ。リラーテ」
「……そうですね。かしこまりました。ですが!」
リラーテが部屋の扉を勢いよく上げる。
すると数人の亜人が倒れる様に部屋になだれ込んできた。
「うわーっ!」
「相手がなんであれ、女王の部屋に聞き耳を立てるとは、いささか不敬かと」
「あ……う、ごめんなさい……」
ミクノやシェリーをはじめとした、幼い子供の亜人が全員で6人。
「まだ子供ではありませんか。どうぞこちらへ。よければ少しお話をしませんか?」
「!」
恐る恐ると言った様子ではあるが、子供達がゆっくりと部屋の中に入りイーリスに近づいて行く。
それに加えて一人、リラーテの見つめる先に、ほかより少し大人びた少女が一人。
「……な、何よ。子供しか駄目っていうんじゃ無いでしょうね?」
「いえ、先程の対談にいらっしゃった方ですよね。エミイさん、でしたか?」
「ええ、そう言う貴方はリラーテ……だったかしら」
軽く自己紹介を済ませたエミイが部屋に入り、扉が閉ざされる。
「年長者の貴方に聞くのが一番早そうですね。どういった要件で?」
「要件というか、その……」
妙にもじもじとするエミイをよそに、ミクノが直接イーリスに用件を伝える。
「エミイねえがね、さっきじょーおーさまのおはなしきかせてくれたの。きれいなひとだったって。だからみんなでまたあいにいこーって」
「……まあ、そういう事」
子供達は目の前の、まるでおとぎ話から飛び出してきた様に煌びやかで美しい女王をその目で見たかっただけの、無邪気な感情でここに立っている。
「なるほど……ではやはり、少しお話をしましょうか。私達もちょうど暇を持て余していたところです」
イーリスは子供が嫌いではなかった。
穏やかな心で、瞳を輝かせる子供達に対して優しく当たる。
その姿が、尚更おとぎ話の様で印象が良く、子供達はすぐにイーリスと仲良くなった。
そんな彼女達を見守る様に、リラーテとエミイは少し離れた場所で二人話していた。
「正直に言います。貴女はもっと冷酷な人だと思っていました。あの時点では少なくとも、子供達の引率をする様には……」
「はぁ、目つきのせいでよく言われるわ、初見の印象が悪いって。あと別に引率じゃないわよ。私も改めて女王様が見たかっただけ……本当に、きらきらで、綺麗な人……」
「そういえば、貴女は服や装飾にこだわりがあるようですね」
「まあ、これでも作戦の邪魔にならないよう減らしてるわ。それにどうせ汚れるから、あんなに白い服も随分着てないわね」
「……そうでしたか」
エミイの服は父の遺したドレス等を直したりアレンジして使っている為、ノヤリスの中でも特段綺麗だった。
しかし組織に身を置き、任務や修練の日々が続く中、ある時を境に動きやすさを重視し装飾をぐんと減らしていた。
今となっては、それがエミイにとっての『素敵』だった。
「私は見ての通り、お洒落には疎いのですが……その首飾り、とても綺麗ですね」
紐に繋がれた、太陽の様に明るい色の石。
コルに頼んで作らせた、グラの魂が宿った首飾り。
留め具や紐は硬度を重視し、『洒落ている』とは言い難い、どこか無骨な作りだが、それはまるでエミイと一つになっているかのように、彼女にぴったり合っていた。
「見る目あるじゃない。今一番大切なアクセサリーなの」
その後、イーリスとリラーテは部屋を訪れた亜人と他愛のない話をした。
中には深く踏み込んだ話をするつもりで訪れた者もいたが、イーリスに懐いた子供達が離れようとしないので、軽く雑談をしている間に忘れ、気分がいいまま部屋を出てしまう。
それはイーリスの話術によるものか、それとも部屋の空気が作り出す安らぎか。
意外にもリラーテはエミイと、そして目覚めてエミイを探しに来たオリセとも親しくなり。
イーリスは年齢層の若い団員達に親しまれる結果になった。
中にはイーリスに初恋を奪われた少年も少なからずいたが、今はまだ別の話。




