魂の存在
「返事の前に我々からの要求をいくつか聞いてほしい」
イーリスは頷く。
もはやここまで話した事もあり、バハメロが余程の事を言い出さない限り、ノヤリス側からの条件を受け入れるつもりでいた。
それはそうと、彼女がここで何を求めるのか。
何を求める事が出来るのか、それをはっきり代表の口から聞いておく必要がある。
「一つ、非戦闘員の安全確保。団員には戦闘を得意としない者がほとんどである、その事を理解してもらいたい」
「勿論です」
「二つ、場所の提供。今の我々はあの船を拠点としている。それで問題ないよう作られてはいるが、それほど大掛かりな活動ともなれば開発拠点が欲しいところである。そしてこれには我々の身の安全が保証される場所であることが前提である」
「……ではこうしましょう。元より城の庭に船をおろして頂くつもりでしたので、その近くにいくつか建物を用意します。他には?」
バハメロは一度深く息を吸い、深く吐いた。
考えるだけで気持ちが荒ぶるその名前を、言葉として吐き出す為だ。
「三つ、魔人会の殲滅」
「……お気持ちを理解します。彼の組織は国としても擁護できない大型テロ組織。大陸の治安の為、亜人狩りだけでなくそちらも協力してくださるのであれば、こちらもありがたい話です。他にはなにか?」
「最後に一つ、人探しを頼みたい」
「人探しですか……もしかして、シーモさんのことでしょうか」
「うむ、我々を監視していたなら知っているであろうな。未だ行方不明である」
「……」
イーリスは一瞬、何か思考を巡らせる。
しかしその後、何事も無かったかのように言葉を続けた。
「大掛かりな捜索や手配書等は本人や世間の誤解を生みかねませんね。しばらくは秘密裏に情報収集する方針になりますが」
「それでも良い、頼む」
「……では確認します。ミスタル王国の王、イーリス・リア・ミスタルは貴方達に国との共闘、そして長期に渡る協力関係の構築を要請します。そしてその報酬としてノヤリスの全団員に、安定した補給、安全な生活区の確保、活動区域での人権の保証、同士の捜索。そして敵対組織に対する共闘を誓います」
「うむ、では……亜人解放団ノヤリス初代団長、バハメロ・フラオリムの名に誓おう。吾輩達はこれより盟友となる」
倉庫から出たコル達は、緊迫した雰囲気からの解放感で一斉に溜息をこぼす。
間髪入れずに、バハメロの命令通りロッサ号の中にいる亜人達を全員外に集めた。
用意した急造の演説台に立ったバハメロから国との同盟を宣言された団員達は不安の混じった声を上げた。
しかしどうあれ、宛のない現状よりは希望のある話に加え、団長であるバハメロや、団員達から人格的に信頼されているリン。
彼女らがそう言うなら、という気持ちがある団員は少なくない。
「彼女は信じるに値すると、吾輩は考えた。分かる者はもう分かるのではないか?彼女は、コルと同じ瞳をしている」
一斉に視線を向けられ、『俺!?』と言わんばかりに慌てふためくコル。
彼の深い紫色の瞳は、イーリスの純白の瞳とは似ても似つかない。
しかし、確かにその奥にはどこか似た『魂』を感じさせる。
自らの過ちを認め、自分に成せることを成そうと進む者の瞳。
団員達は、そんなコルだからこそ仲間として接する事ができていた。
それと同じだと、団長が言ったのだ。
「ガハハハ、こいつは良い!」
全身を包帯で覆われた大男の、快活な笑い声が響く。
「チャシさん、まだボロボロなんですから落ちついて……ってもう塞がり始めてる!?」
「強い酒は強い薬だぜ。んなことより、団長は人を見る目は確かだ。それに……」
チャシはコルの肩を力強く叩く。
傷が塞がっているとはいえ、負傷の分力が弱い。
とはいえ、コルがそのまま前のめりに倒れかけるくらいには回復しているようだ。
「こいつと同類ってんなら、そりゃあ良い!」
「なあこれどういう事なの……?」
一人腑に落ちないままのコルを除き、コルを知るほとんどの団員達は非常に納得していた。
そして不安の声は徐々に、歓喜と期待に変わっていった。
それから数分後。
団員の子供達が妙に先輩風を蒸しながら、イーリスとリラーテ、そして彼女達と共に来た馬をロッサ号に招待している間。
バハメロをはじめとした一部の団員のみが集まり、少し離れた場所に大きな穴を掘っていた。
「これくらいか」
「……うむ、クムル」
「ぐすっ……はい、大丈夫です。師匠とのお別れは済ませました」
木製の棺桶を布で包み、バハメロとラニに渡す。
二人は底に棺桶を置き、穴から這い上がった。
「ラックはきっと、大勢に見送られるのは嫌がるだろうからな」
「うむ……イーリスに頼めば綺麗な場所も選べたであろうが、ラックのことだ。人に囲まれてはおちおち眠れぬであろう」
コルは涙を堪え、名残惜しそうに、少しづつ土を被せていく。
「ラック……俺のわがままで埋葬に参加して悪いな。でも見送らせてくれよ」
「……師匠は確かに純人嫌いです。最後までそうでした。ですが……」
「……?」
「……いいえ、こんな事を言っては師匠に怒られますね……さ、僕は遺品の錬金道具を整理してきます。一緒に埋めたのはほんの一部なので。ノヤリスの為になるもの、自分の為になるもの、師匠の趣味で作られた使い方がわかんないもの、沢山です!もう僕が受け継いだので、だれが使うかも自由ですから、気になったらラニさんと一緒に工房まで来てくださいね」
そう言ってクムルは涙を拭い、ロッサ号へと駆け出した。
きっとこれから、一人倉庫で師の残した名作達を前に泣くのだろう。
コルも彼の遺した錬金道具の鈴を握りしめ、その場を去った。




